澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -421-
台湾海峡両岸の選挙結果と民主主義

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政策提言委員・アジア太平洋交流学会会長 澁谷 司

 最近、中央人民政府駐香港特別行政区連絡弁公室(以下、中連弁)の王志民主任が事実上、更迭された。
 香港では「逃亡犯条例改正」反対デモ(「反送中」デモ)が、徐々に「民主化」デモへと転化した。2017年から、王志民は中連弁のトップを務めていたが、デモの制圧までには至っていない。王はその責任を取らされたのである。
 今年(2020年)1月6日、後任の駱恵寧(前山西省党委員会書記)が中弁連主任に着任した。駱主任は、王前主任よりも「強硬派」と言われる。
 同月9日、早速、駱恵寧主任は、林鄭月娥(キャリー・ラム)香港行政長官と会い、香港の暴力・混乱阻止、及び秩序回復を確認した。今後は、2人で協力して香港の「民主化」デモを鎮圧して行くのではないか。
 昨2019年11月24日、香港では区議会議員選挙が行われ、「民主派」が地滑り的に勝利した。18選挙区中、全選挙区で圧勝している(ただし、「離島」部で「無投票当選議員」=新界郷事委員会主席が多かったため、「民主派」議員と同数となった。そのため、17区で「民主派」が正副議長を独占したが、全選挙区制覇とはならなかった)。
 それにもかかわらず、香港政府は、香港市民の「5大要求」(「逃亡犯条例改正案」だけは撤回し、デモ隊の要求を受諾)を受け入れる姿勢を示していない。中国政府が、中連弁に新主任を据えたという事は、香港の「民主化」を完全に阻止するつもりだろう。
 目下、香港では、警察によって「自殺させられる」デモ参加者が多数出現している。ある調査では、昨年6月12日至から今年1月1日までに、香港で発生した自殺数は416件で、その中で“飛び降り”が全体の261件で1番多い。その次は、“溺死”で39件にのぼる。
 一方、今年1月11日、台湾では総統選挙と立法委員選挙が行われた。既報の通り、香港「民主化」デモの影響を受けて、中国と距離を取る民進党の蔡英文総統が、中国共産党に近い野党・国民党の韓国瑜候補を大差で破って再選している。
 選挙前、立法委員選挙では、与党・民進党の過半数割れが危惧されていた。しかし、民進党は単独過半数を獲得し、行政府と立法府の“ねじれ現象”を回避できた。
 陳水扁時代(2000年~2008年)に逆戻りせずに済んだのである。かつて陳水扁総統(当時)は、立法院では少数与党で、政権運営が困難を極めた。
 選挙翌日(12日)、耿爽中国外務省副報道局長は、蔡総統再選に対し日米英が祝意を示した事に関して「『一つの中国』原則に反するやり方で、強烈な不満と断固とした反対を表明する」とコメントを出した。
 この香港と台湾の2つの選挙結果を見れば分かる通り、台湾海峡両岸で「1国2制度」が敬遠されているのは明らかである。あくまでも「1国2制度」は、将来「1国1制度」(香港は2047年)へ移行するまでの過渡期の体制に過ぎない。香港の状況を見ている台湾人が、「1国2制度」を受け容れるはずはないだろう。
 習近平政権は、焦って香港をできるだけ早く「1国1制度」に変えようとした。これが間違いだったのである。
 それに、台湾は、すでに実質的に「独立」しているし、中国共産党の押し付けようとする「1国2制度」は、台湾にとって何のメリットもない。
 更に、台湾の背後には、米国が控えている。地政学的にも台湾は東アジアの要である。米国は民主化した台湾を北京には決して渡さないだろう。
 さて、1番の問題は、中国共産党が民主主義の意義をまったく理解していない点ではないか。同時に、同党は民主主義を敵視し、受容するつもりはないようである。
 もちろん民主主義には様々な欠陥があるが、人類の歴史の中では“比較的まともな政体”だと思われる。
 残念ながら、近代中国が「半植民地化」されても、列強から民主主義を学ぶチャンスがなかった。これが中国にとっては“不幸”だったのである。
 中国は現代においても、ほとんど民主主義とは無縁だったと言える。唯一、1970年代末から80年代にかけて、世界的な民主化の高まりの中、中国でも民主化運動が起きたが、89年の「天安門事件」で同国の民主化は完全に挫折した。
 また、今の中国共産党は、いったん権力を掌握した以上、その権力を絶対、他者に渡さないだろう。同党の“黒歴史”が暴露され、厳しい責任追及を逃れられないからである。
 結局、中国共産党幹部は、未だに「“孫子”の世界」に住んでいるのではないか。そのため、彼らは、国内外は権謀術数と疑心暗鬼にまみれた世界だと考える(一部はその通りかもしれないが)。その中で、どう生き残るかが、彼らにとって最重要関心事なのだろう。