澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -424-
ドラマの教訓が活かされなかった武漢市

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政策提言委員・アジア太平洋交流学会会長 澁谷 司

 今年(2020年)1月28日、日本の厚生労働省は、武漢への渡航歴がない奈良の男性(60代のバス・ドライバー)が、「新型コロナウイルス」(2019nCoV。以下「武漢肺炎」)に感染していると発表した。 厚労省の中では、日本国内で「人→人感染」の事実に衝撃が走ったという。
 この話を聞いて、逆に、厚労省が「人→人感染」を想定していなかった事に、衝撃を受けた人も少なくなかったのではないか。おそらく、厚労省は中国政府が小出しにしている感染者数と死亡者数(どちらも信憑性に欠ける)を信頼していたはずである。ならば、すでに中国当局が「人→人感染」の可能性を示唆していた事も信じるべきだったのではないか。
 更に、その男性が乗っていたバスの中でツアーガイドをしていた大阪の女性(40代)も「人→人感染」で「武漢肺炎」に罹患したという。
 腰の重い日本政府も、武漢在住の日本人を救出するためANAチャーター便をようやく出している。そして、1月29日、第1陣206人が帰国した(その中の2人が到着後の検査を拒否して、自宅へ戻った)。1月30日、第2陣210人も帰国している(あと2機チャーター便予定)。
 このような状況を見る限り、今後、日本国内でも「武漢肺炎」が流行する可能性を否定できない。なぜなら、日本は、武漢を含む湖北省からの旅行客を、無制限に入国させているからである。
 さて、中国では『急診科医生Emergency Department Doctors』〔拙訳:『救急救命科の医師達』〕(全43話。2017年10〜11月放映)という医療ドラマの26〜27話に、今度の「武漢肺炎」と酷似したシーンが登場する。
 舞台は燕京大学國際病院救急救命科。主な主人公として、「江暁琪」同科副主任(王珞丹)とベテランの「何健一」同科主任(張嘉譯)2人である。「江暁琪」は米ハーバード大学医学部卒の若き優秀な女医という役柄となっている。
 アフリカ・ウガンダ帰りの中国人石油関連技師(同国に1週間滞在)2人が、同病院にやって来る。1人が当病院で胸の痛みを訴えたが、もう1人はまだ症状が出ていなかった(ドラマの中では、先に感染した中国人技師は亡くなったが、もう1人は助かっている)。
 この時、天才的な「江暁琪」は、極めて手際良く適切な対応を取った。また、「何健一」は彼女に対し献身的にサポートする。
 「江暁琪」は中国人技師のSARSと似た「新型ウイルス」発症を疑い、すぐに病院全体を封鎖するよう「何健一」に提言した。「何健一」もその依頼に応じた。そして、彼らは公安や北京赤十字等の協力を得て、すぐさま院内を完全封鎖したのである。
 その一方で、「江暁琪」は中国人技師のウイルスを疾病研究機関へ送った。そして、同機関は「新型肺炎」である事を突き止める。また、「江暁琪」は、WHO(世界保健機関)への報告も素早かった。
 結局、「江暁琪」と「何健一」は「新型肺炎」を院内だけにとどめ、見事に全市への蔓延を防いでいる。こうすれば、「新型肺炎」の感染拡大を防げるという“お手本”のような内容だった。
 今回、中国でも、初期段階でドラマ通り、情報を開示し、封鎖、隔離等をしっかり行っていれば、このような重大な事態を回避できたかもしれない。
 けれども、1月27日、周先旺武漢市長がテレビで、地方政府は中央政府に許可をもらわないと、何も発表できない事を暴露した。つまり中央が地方の情報開示をストップしたのである。
 現在、河北省の一部では、武漢人の個人情報を通報すると懸賞金を実施している。
 通報対象は今年1月14日以降、武漢から来た人、武漢を訪問した経験のある人、武漢訪問者と接触した人達である。同市に登録されていない武漢人を見つけて通報した場合、通報者に2,000人民元(約3万1,400円)の懸賞金を支給することにした。まさに「密告制度」である。
 ところで、WHOのテドロス事務局長(「親中派」)は、このパンデミックの最中、北京へ飛んだ。周知の如く、今度の「武漢肺炎」は、SARSの時よりも事態が深刻である。1月28日、習近平主席は、テドロス事務局長(中国と密接な関係のあるエチオピアの元外相・元保健相)に対し「緊急事態宣言」を要請した。
 中国共産党は、この期に及んでも「武漢肺炎」を海外へ拡散させた事について、何の反省もしていない。他方、WHOはSARSの時とは異なり、中国政府の“言いなり”になっている。
 なお、一部の欧米メディアでは、この「新型コロナウイルス」が武漢国家生物安全実験室(生物兵器研究所)から発生、漏洩したと報じている。確かに、これが真実ならば、ストーリーとしては大変興味深い。また、その可能性が絶対ないとも言い切れない。ただし、未だ確証がなく、その仮説には疑問符が付く。