澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -428-
「新型肺炎」対処開始時期を修正した習政権

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政策提言委員・アジア太平洋交流学会会長 澁谷 司

 今年(2020年)2月15日、中国政府筋は突然、習近平主席が「新型コロナウイルス」(以下「武漢肺炎」)対応を指示したのは、1月20日ではなく、同月7日だったと発表した。
 『人民日報』(2020年1月21日付1面)を見ると、前日の1月20日、習近平主席は「武漢肺炎」に関する重要指示を出している。
 ところが、今年2月16日発行の『求是』(今年第4期)では、習主席が1月7日の中央政治局常務委員会会議で「武漢肺炎」に関する流行への対応するための講話を行ったという。
 果たして、それは本当なのだろうか。
 周知の通り、習近平主席は「武漢肺炎」流行の初動対応の遅れを厳しく指弾されている。2月6日深夜、昨年12月30日に「武漢肺炎」の発症を警告し、当局に処分された李文亮医師(眼科医)が同肺炎にかかり死亡した。
 李医師の死を契機に、習近平政権へ対する国内外からの風当たりが強まった。今度の『求是』の文章には、中国共産党が、それらの批判をかわそうとする意図が透けて見える。
 だが、今更、北京が何のために言い訳じみた文章を公表するのか疑問である。それほど、党内の「反習近平派」による「習近平派」への圧力が強いのだろうか。
 または、党内の「習近平派」の人間が、習主席の権威を守ろうとして、あるいは、主席を喜ばせようとして、過度に“忖度”した結果かもしれない。
 それとも、習近平政権は、世界保健機関(WHO)や世界に向けて、新型コロナウイルスが中国国内に蔓延する初期段階から、精力的に「武漢肺炎」に対処していたという事をアピールしたいからなのだろうか。
 仮に1月7日の時点で、政治局常務委員会会議を開催し「武漢肺炎」への指示を行ったとしても、すでに1月3日、米国へ「新型肺炎」について知らせているのだから、この時点でも初動が遅いと思われる。
 おそらく、習近平主席はその前に「武漢肺炎」に関する重要会議を開いて米国への通知を決定したはずである。さすがの習主席も、独断で米国へ通知を行う事はないだろう。
 したがって、中国共産党は、昨年内か1月元旦か2日までに、重要会議を開催している公算が大きい。いずれにせよ、『求是』の文章は“児戯”に等しいのではないか。
 さて、我々が度々主張しているように、中国共産党は遅くとも昨年12月8日までに、武漢市での新型コロナウイルス発症の情報を掴んでいた。けれども、北京はそれを隠蔽した。なぜか。
 一説には、中国科学院武漢ウイルス学研究所P4実験室から人工的なウイルスが漏洩したという。つまり何らかの理由で、生物兵器が武漢市中に流出したという仮説である。一部の外国人研究者らは、中国が新型コロナウイルスを製造した可能性が高いと結論付けている。
 同研究所は、武漢華南海鮮市場からおよそ30キロメートルの所に位置する。したがって、たとえ研究所からウイルスが流出しても海鮮市場まではかなり遠い。しかし、武漢市疾病予防管理センター(2002年12月成立)の方は、同市場まで300メートル足らずの至近距離にある。そして、同センターでは、伝染病、寄生虫病、風土病等の予防と管理を行っている。同時に、蝙蝠のウイルスも研究しているという。
 今度の「武漢肺炎」は、蝙蝠のウイルスが人間に感染したという説が有力である。実際、一部の中国人は蝙蝠を食す。
 もし、ウイルス漏洩が事実ならば、北京は漏洩した新型コロナウイルスの隠蔽を必死に試みるだろう。
 『湖北日報』(2019年9月26日付)によれば、昨年9月18日、武漢税関執行委員会は武漢天河空港に緊急演習のテーマとして「国の玄関の安全、及び軍事輸送の安全運行」のための共同軍事作戦を実施している。
 その中では、空港通路で放射能基準値を超過する手荷物1つの処理、及び同通路で見つかった新コロナウイルス感染1例の処理を模擬訓練し、疫学調査、医療スクリーニング、一時的な検疫ロケーション設置、隔離検査、症例転送、衛生処理等の実践的訓練を行ったという。
 この作戦の中で、新コロナウイルス感染処理のシミュレーションを行っている点が注目されよう。
 一方、『人民日報』(今年2月15日付第1面)によると、前日の14日、中国共産党は重要な会議を開催した。
 そこで、習近平主席が「国家安全保障体制にバイオセーフティを組み込み、国家のバイオセーフティ・リスクの予防および制御システムの構築を体系的に計画し、国家のバイオセーフティ・ガバナンス能力を全面的に向上させる」と強調している。
 その「バイオセーフティ」(中国語は「生物安全」)というキーワードこそが、「武漢肺炎」流出説を裏付ける証拠ではないかと疑われている。