いまこそ尖閣の実効支配を

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顧問・麗澤大学特別教授 古森義久

 安倍晋三首相はいまこそ尖閣諸島の実効支配の明白な措置をとるべきである。尖閣を無人島としておく現政策を放棄すべきだ。自民党の年来の公約の実行である。
 実効支配とは尖閣諸島への日本の公務員の常駐や漁業環境の整備である。中国側の激しい反発が当然予想されるが、アメリカ政府の対中強固姿勢をみれば、いまこそがその実効支配明示の絶好の機会だと言える。
 
 中国海警局の武装艦艇による尖閣諸島の日本側の領海や接続水域への侵入は7月22日の時点で100日連続を記録した。日本側は尖閣諸島の主権と施政権を主張しながらも、依然、同諸島を無人島として扱い、日本国民の立ち入りさえ許していない。
 この状態はそもそも自民党の公約違反である。自民党は例えば2012年の総合政策集では「領土主権」への政策として以下を明記していた。
「尖閣諸島の実効支配強化と安定的な維持管理」という表題だった。
 「わが国の領土でありながら無人島政策を続ける尖閣諸島について政策を見直し、実効支配を強化します。島を守るための公務員の常駐や周辺漁業環境の整備や支援策を検討し、島および海域の安定的な維持管理に努めます」
 だが現状はどうなのか。
 いまの尖閣諸島は完全に無人島なのである。日本政府は尖閣を日本固有の領土と宣言しながら、日本国民への立ち入りも上陸も、滞在も居住もすべて禁止している。中国の反発を恐れてのことだろう。
 しかしこのままだと中国側は尖閣諸島(中国名は釣魚島)の主権と同時に施政権の確保さえも宣言しかねない。日本の実効支配の実績が全くなく、中国側はあたかも自国の領海、接続水域であるかのように自由自在に侵入してくるからだ。日本はもう尖閣を失う瀬戸際に立たされているのだ。
 日本が尖閣諸島を奪われないためには、いまこそ日本の実効支配を内外に明示しなければならない。自衛隊あるいは他の公務員をまず尖閣諸島に上陸させ、滞在させることだろう。自衛隊の艦艇を尖閣の日本領海に置くか、あるいは尖閣に停泊させることも有効な手段である。さらには日本の民間の漁業従事者などの尖閣諸島への上陸を認めてもよい。
 日本がこうした措置をとれば中国は必ず威迫的な言動で反発するだろう。軍事的な挑発行動もとるだろう。そこから新たな日中紛争とか日中衝突という危機も生まれうる。
 だが日本にとって現段階の国際環境はきわめて有利な状況にある。中国側の危険な軍事がらみの反発を抑制しうる有効なブレーキがいまなら存在するのだ。この中国の危険な行動への抑止という状態はおそらく尖閣問題が日中間で紛争となって以来、初めての顕著な現象だと言える。
 まず第一は中国の習近平政権が外交面で日本に対して友好的と見えるアプローチをしきりと試みている点である。中国がいま日本への融和を誇示するのは、中国にとってアメリカとの関係が史上最悪となったことが最大の原因だと言える。
 とにかくいまの中国首脳は習近平国家主席の日本への国賓としての来訪を願っていることは確実である。その上に、香港問題で国際的な非難を浴びる中で中国はせめて日本からの糾弾を抑え、対日関係を温和なままに保ちたい意向も明白だと言える。
 そんな状態の下で尖閣での日本側の新たな動きに軍事的な動きを含めて正面から反発すれば、せっかくの「対日融和政策」は一気に消滅する。そのリスクを中国側が冒すかどうか。その簡単な答えはイエスである。こと領土問題となれば、中国は他の利害を脇に押しのけて、凶暴な素顔を瞬時にさらすだろう。
 だから実はこの第一のブレーキは当てにはならないのだ。
 頼りになるのは第二の抑止材料なのだ。それはアメリカの反応である。
 アメリカ政府のマイク・ポンペオ国務長官は7月13日の公式声明で南シナ海の諸島への中国の領有権を否定した。アメリカ政府は一般に他の諸国同士の領有権紛争では立場をとらないという伝統的な外交慣行を中国に対しては破棄して、はっきりとその主権主張には反対を明示したのだ。
 アメリカは同時に東シナ海での中国の軍事がらみの膨張にも批判を明確にしている。アメリカ議会の上下両院に超党派議員たちにより提出された「南シナ海・東シナ海制裁法案」は以下を明記しているのだ。
 
 「中国は東シナ海では日本が施政権を保持する尖閣諸島への領有権を主張して、軍事がらみの侵略的な侵入を続けているが、アメリカとしてはこの中国の動きを東シナ海の平和と安定を崩す無法な行動として反対する」
 「アメリカは尖閣に対する中国の主権、領有権の主張を認めない。アメリカ政府は中国の尖閣主権に同調する国や組織に反対し、尖閣を中国領とする地図なども認めない」
 
 この法案はまだ可決はされていないが、提案者には共和、民主両党の有力議員たちが名を連ねていた。
 この法案が謳う「尖閣諸島への中国の主権の否定」にはトランプ政権自体も同調する動きをすでに見せている。しかもトランプ政権は南シナ海や東シナ海での中国の軍事拡張を抑えるために二隻の空母を主体とする機動部隊をすでに派遣して、対中軍事抑止の構えを明示した。もし中国が尖閣に対して危険な軍事行動を起こそうとすれば、米軍は正面からその抑止にあたるという態勢なのである。
 軍事面での相手の強弱を冷徹に計算して、負ける戦いは挑まないのが中国共産党政権の特徴だと言える。だから日本側にとっては尖閣をめぐる対中抑止態勢はかつてなく堅固だとも言えるのだ。