なぜ中国の冒険主義は東シナ海で膨張するのか

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マノハール・パリカル国防研究所東アジアセンターセンターコーディネーター兼リサーチフェロー ジャガンナート・パンダ

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 中国武漢市で最初に確認された新型コロナウイルス(COVID-19)の感染拡大は、政治や経済、そして文化の面でも国際秩序に甚大な影響をもたらしており、それはアジアも例外ではない。それでも驚くべきことは、世界全体での協調が欠如していることであり、感染が拡大している最中であっても、大国間の対立や地域紛争、外交関係の緊張が深刻化し、アジア地域に感染をもたらし続けている。
 
 特に中国はアジアにおける修正主義的な姿勢を取り続けており、海洋軍事面での挑発的な自己主張でインド太平洋地域の緊張を高めている。アメリカとの緊張関係や台湾への恫喝、ギャルワン渓谷でのインドとの衝突、香港国家安全維持法の制定、オーストラリアとの関係悪化、南シナ海及び東シナ海での好戦的行為、これらすべては中国が主導する新しい世界秩序の主張の一部分である。
 
 日本の当局によると、中国の公船2隻が2020年7月、東シナ海にある日本の尖閣諸島(中国名:釣魚島)周辺に4日間で2度侵入し、それぞれ30時間、40時間も居座った。今回の中国公船による日本への領海侵犯は、アメリカが尖閣諸島の施政権を日本へ返還した1972年の「沖縄返還協定」以来最長の侵入であり、さらに重要なことは、領有権を主張する中国への対抗措置として、日本政府が尖閣諸島の3島を国有化し、島嶼を巡る緊張が著しく高まった2012年以降としても最も長いものであることだ。報道にもあるように、日本の海上保安庁の船が少なくとも一度、中国公船による日本漁船への接近を防いだという。
 
 そのすぐ後のケースでは、沖ノ鳥島付近に広がる日本の排他的経済水域(EEZ)で、中国船が1週間以上にわたって活動していたことが確認された。日本は抗議をしたものの、中国は「(EEZに対する)日本の一方的な主張には法的根拠がない」として、これを無視した。さらに今度は、中国の海域へ“侵入”している日本漁船の活動を処理するよう、中国が外交ルートを通じて日本に要求している。
 
 日中両国は、それぞれこの島嶼が自国の固有の領土であるとみなしており、中国にとってはこの海域をパトロールすることは当然の権利であるという。しかし、沖縄県の石垣市議会が今年6月、行政上の理由から尖閣諸島の住所地(字名)を「登野城」から「登野城尖閣」へ変更すると、中国政府は「我が国の領域主権に対する重大な挑発」であると述べ、直ちに周辺海底の名称を変更する報復行為に出るなど、両国の緊張関係が悪化するに至った。
 
 それでも日本は、中国による7月の侵入行為を主権侵害だとみなしている。もし中国と日本が軍事衝突する事態となった場合、アメリカは同盟国である日本の主権を防衛することとなりそうだが、これは米中両大国間の全面戦争(回避のシナリオがベストだが)の危険性を高めることとなるだろう。
 
 中国によるこれらの挑発的な行動は、綿密に練られた外交戦略の一部であり、インド太平洋地域における自国の存在感を高めるだけでなく、中国を全世界的な優勢を誇るアメリカに対する挑戦者として印象付けることを狙いとしている。従って、東シナ海における中国の冒険主義は衝動的な行動ではなく、自国を支配的な海洋軍事大国と位置付けることで、あからさまに地域の現状変更を狙っていることを明白に示すものである。このような海上の侵入行為は、南シナ海での衝突と同様に、最近の中国とインド間のギャルワン渓谷での対立と軌を一にするものであり、同時多発的な軍事力の誇示である。
 
 新型コロナウイルスのパンデミックが起こる以前でも、アメリカはすでに世界的な覇権国としての地位を維持し続けてきていたが、自国で拡大している政治社会的な緊張(例えばBlack Lives Matter運動)もあって、今回のパンデミックはアメリカの脆弱性をさらに浮き彫りにし、中国はこの機会を逃さずにいる。感染拡大に対する初動対応には世界から批判の声が上がっているにも関わらず、中国は堂々と自説を繰り返しており、経済的、軍事的な優位性を拡大している。しかし、既存ルールに基づく世界秩序への中国のあからさまな無視は、中国主導による国際秩序の姿を浮き彫りにしている。
 
 従って、中国の地域的な外交戦略を理解するならば、中国は日本への影響力の構築が不可欠であると認識している。日本に対する中国の対抗意識は古くからあり、地域における優位性を守るという目的とリンクしているため、日本が先制攻撃能力を保有しようとしたり、アジア太平洋地域でのパートナーシップを拡大すれば、東シナ海における諸問題を中国がエスカレートさせていたかも知れない。また、日本は中国による侵入行為の数日前、ギャルワン渓谷での衝突に関しインドへの戦術的支援を提案しており、実効支配線でのいかなる「一方的な現状変更の試み」にも反対する旨を表明した。
 
 北京政府は東シナ海での軍事行動を通じ、日本へ圧力をかけている。それは継続的な関与が唯一の方法であり、軍事的には日本にチャンスは無い、という警告である。さらに、中国による侵入行為は習近平の描く“中国の夢”の延長であり、習近平主導下の中国共産党がいかに強大な中国を築いているかという“中華帝国”の栄光の復活である。北京政府の対日政策、とりわけ海上の冒険主義は、中国の経済成長とさらなる強まりを見せるナショナリストの要求との結び付きを際立たせている。
 
 この目的に対し、独断的な中国に直面する中での日本の戦略的選択肢は何であろうか?日本政府は最近の中国の侵入行為を偶発的事象ではなく、中国共産党上層部お墨付きの決定事項と認識しており、中国の恫喝行為によって日本の対外安全保障政策が見直され、防衛能力も強化されている。日本はここ十年前後の間、日米豪印戦略対話(クアッド)やその他の二国間または三国間協議といった、志向を共有する国々との安全保障協力を着実に進めている。
 
 オーストラリアの参加支援や「先制攻撃能力」を含めたより強い防衛力の漸進的整備と共に、平和憲法改正に対する国民の合意を形成しながら、ASEANやインドを含めたアジア諸国とのより強固な防衛協定締結は、日本にとって実行可能なオプションだろう。しかし、独断的で強大な中国に直面する中で、日本とその同盟諸国は防衛協力を深め中国の脅威を鋭く観察しなければならないが、このような協力関係を完全な反中国的な姿として見せてはならない。言い換えれば、日本は中国との関係を完全には断ち切らずに、国内、そしてまたインド太平洋地域内で強固な防衛体制を構築する一つの求心的な要素として、その脅威を活用すればよい。
 
 さらに、日本がどこまでも独断的な中国に対応するためには、二国間および多層的なパートナーシップをより強めることが明白な戦略的必要条件となっている。ただし、インド太平洋地域、特にインド、ベトナム、フィリピン、オーストラリア、ニュージーランドとの経済関係を志向しつつ、日本が部分的にも中国との経済関係のデカップリングを検討できるかどうかがより重要である。
 
 最近、日本政府には東南アジアまたは日本へ移転する在中国日本企業に対し補助金を出す動きがあるが、これは大胆な決定である。リスクを分散し混乱を回避する製造業の新しい試みに向け代替的なサプライチェーンを奨励することで、日本製造業の対中依存が大いに低下するだろう。ただし、日本の安全保障の追求は、バランスのとれた対中関係と同様に、中国以外の世界との経済、そして安全保障関係を強化することにある。北京政府は、地域的にも国際的にも、日本のレジリエンス(回復力)を試し続けるだろうが、最近の海洋冒険主義は、中国共産党の戦略の一部である。
 
 
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ジャガンナート P・パンダ(Jagannath P. Panda)
 マノハール・パリカル国防研究所東アジアセンターセンターコーディネーター兼リサーチフェロー。専門は、中国とインド太平洋安全保障関係、特に東アジア、日本、中国、朝鮮半島。イギリスの出版社ラウトリッジのRoutledge Studies on Think Asiaの編集者でもある。2018—2019年にかけて日本財団と韓国財団フェローを務める。日中韓シンクタンクダイアローグのthe Track-II、Track 1.5にも参加。インド国際法外交学会より、2000年にV. K. Krishna Menon Memorial Gold Medalを授与される。