澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -461-
チェコ上院議長・プラハ市長らの訪台

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政策提言委員・アジア太平洋交流学会会長 澁谷 司

 今年(2020年)8月30日、チェコのビストルチル上院議長は、プラハ市長や他の議員、及び企業関係者など89人の訪問団を率いて台湾に到着した(チェコは2院制。比例代表制の下院は定員200名で任期4年、小選挙区制の上院は同81名で任期6年)。
 チェコは中国と正式な国交を持つ。けれども、憲法上、大統領に次ぐ地位の上院議長が、初めて台湾を訪問した。画期的な出来事だった。後述するように、この訪問団には、首都プラハ市のフジブ市長(チェコ「海賊党」所属)も含まれていた。
 ゼマン大統領(大統領の任期は5年。再選は可能だが、3選は禁止)やバビシュ首相(大統領が首相を任命)は「一つの中国」というチェコの外交方針に反するとして、訪問団の訪台を非難した。また、中国共産党も、チェコ訪台団に強く抗議している。
 一方、米国はこの訪台団を歓迎した。8月31日、台湾国防部は、米駆逐艦1隻が台湾海峡を通過したと発表している(今年に入ってから、米軍艦は同海峡を9回通過した)。この米軍の行動は、中国のチェコ訪台団への外交的・軍事的圧力を阻止するためではないか。
 おそらく、米国は、近い将来、台湾を国家承認する予定だと思われる(最近、野党・民主党も「一つの中国」を党綱領から削除している)。チェコ訪台団の動きは、米国の思惑に合致しているだろう。
 実は、ゼマン大統領は「親中派」として知られる。
 2013年、同大統領は、チェコ初の大統領直接選挙で勝利した(以前は、議会が選出)。
 2015年、中国政府は北京で「中国人民抗日戦争勝利70周年記念式典」の軍事パレードを行ったが、その時、ゼマン大統領は唯一、EU加盟国の国家元首として出席している。
 2016年3月末、同大統領は、習近平主席を国賓として招いた。その直前、チェコでは「習訪問反対」運動が起きている。なお、大統領は中国のチベット弾圧に抗議するデモ隊を弾圧した。
 このように、チェコでは、必ずしもゼマン大統領の対中政策が支持されているわけではない。
 例えば、今年1月13日、フジブ・プラハ市長は中国を「信頼できないパートナー」だと非難し、台北市と姉妹都市協定を結んだ。プラハ市は昨2019年10月、台湾問題をめぐり北京市との姉妹都市協定を解消している。
 フジブ市長は、自らの就任前に結ばれた北京との協定には、プラハ市が「台湾とチベットの独立に反対」を強いる合意があったと指摘した。そして、それには署名できないと説明している。市長はこの条項を削除しようとしたが、北京市は受け入れず、結局、協定解消を余儀なくされたという。
 ただし、今回のビストルチル上院議長らの訪台は、「反ゼマン」運動の一環として考えるべきかもしれない。台湾訪問団は「反中」姿勢を国内にアピールするパフォーマンスの側面もあるのではないだろうか。
 さて、中国とチェコを結び付けたのは、香港籍の葉簡明だと言われる。2002年、葉はエネルギーおよび金融コングロマリットである「華信能源有限公司 」(CEFC China Energy Company Limited。以下、華信能源)を立ち上げた。
 華信能源は、民間企業を名乗っているが、中国人民解放軍と「関係」が深い(中国では共産党と何等かの「関係」がなければ、企業の発展は難しい)。
 ゼマン大統領は、葉簡明をチェコの「経済アドバイザー」として招いている。
 その後、華信能源は、チェコで多方面に亘りビジネスを展開した。ところが、2018年、葉簡明会長は中国当局に贈収賄を疑われ、拘束されている。同年、華信能源はデフォルトを起こした。そして、今年3月、華信能源は破産している。
 葉簡明が中国当局に拘束されて以降、チェコでの中国の影響力は落ちたという。
 ところで、今年8月下旬から9月初めにかけて、王毅外相がヨーロッパ5ヵ国(イタリア、オランダ、ノルウェー、フランス、ドイツ)を歴訪した。
 「新型コロナ」後、習近平政権は「戦狼外交」を展開したが、手詰まりの状態に陥った。そこで、王外相は、外交的突破口を開くため、5ヵ国を訪問している。
 8月31日、中国外務省は、外相がチェコ訪台団について「近視眼的な行動と政治的なご都合主義の高い代償を払わせる」と述べた事を発表した。
 それに対し、9月1日、フランス外務省報道官は「EU加盟国への脅しは認められない。チェコとの結束を表明する」と公言した。
 同日、ドイツのマース外相も、中国の王外相との会談後の記者会見で「(チェコに対する)脅しは適切でない」と述べ、チェコを支持する考えを表明している。
 本来、王外相は、ヨーロッパ5ヵ国訪問し、ヨーロッパとの関係修復を試みようとしたのではないか。ところが、かえって、中国とEU諸国の関係を悪化させた。本末転倒だろう。