澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -465-
明確化した中国とEUの立場の相違

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政策提言委員・アジア太平洋交流学会会長 澁谷 司

 今年(2020年)9月14日、習近平主席は、メルケル・ドイツ首相や他の欧州連合(以下、EU)首脳らとビデオサミットを開催した。メルケル首相に加えて、ウルズラ・ゲルトルート・フォン・デア・ライエン欧州委員会委員長(ドイツキリスト教民主同盟所属)とシャルル・イヴ・ジャン・ギスレーヌ・ミシェル欧州理事会議長(元ベルギー首相)も出席した。
 このサミットでは、中国とEUの立場の違いが鮮明になっている。周知の如く、中国は米国との関係が悪化した。そこで、北京はEUとの良好な関係維持を模索している。他方、EUは中国の香港やウイグル等での人権抑圧を批判しながらも、同国との経済関係維持を望んでいた。
 『美国之音(VOA)』(同年9月15日付)に掲載された趙婉成の「EU-中国首脳会議は多くの困難な問題に直面」という記事が興味深いので紹介したい。
 同会議前、参加各国は相手国の輸出品を保護するため、地理的表示が明らかな食品・飲料に関する協定に署名した。
 例えば、スパークリングワインについて、中国はフランス・旧シャンパーニュ地方産のみ、その名の使用を許可する。協定で保護された他の製品には、アイリッシュウイスキー、イタリアのパルメザンハム、ギリシャのフィタチーズ、中国四川省成都市郫都区のトウバンジャン、同浙江省湖州市安吉県の白茶、同遼寧省盤錦市の米などがある。
 昨2019年、中国はEU内で第3位の農産物・食品輸出国だった。その輸出額は145億ユーロ(約1.8兆円)に達する。
 今回の会談では、人権問題が最も扱いにくいテーマだった。目下、香港・新疆等をめぐり、中国と欧州の見解の相違が日増しに深まっている。そのため、EU諸国の北京への対応が強硬になった。
 例えば、今年8月26日、EUは香港の警察が林卓廷(Lam Cheuk Ting)民主党議員など民主活動家数十人を逮捕したことを指弾した。また、EUは新疆ウイグル自治区のイスラム教徒に対する中国の弾圧に抗議している。
 他方、中国は世界最大の温室効果ガス排出国である。そこで、EUは中国が温室効果ガス削減に関して、さらに大きな国際公約を宣言し、遵守することを望んだ。
 なお、EU委員会は今年6月に発表した報告書では、新型インフルエンザが武漢で発生した際、中国共産党がソーシャルメディアを利用して嘘の情報を流したと論難した。確かに、習近平政権は、偽情報で中国のイメージを改善しようと試みている。
 以上が概要である。
 農産品については、中国とEUともに、一定の成果を上げたと考えられよう。しかし、人権問題に関しては、両者の溝が埋まることはなかった。
 次に、同じく『美国之音(VOA)』に掲載された樊冬寧の「話題の対話:習近平の“連欧で米を制す”に対し、トランプは中東カードを使用か?」(2020年9月18日付)という記事も面白いので、紹介しよう。
 まず、上海の復旦大学中国研究所研究員、宋魯鄭は「中国はEUにとって軍事的脅威とはなり得ないので、双方に地政学的な対立はないだろう。もしEUが中立を維持すれば、米国と中国の両方から利益を得ることができる」と主張した。
 一方、政治評論家の陳破空は、今度の中国・EU首脳会議は北京政府にとって思惑通りに事が運ばなかったと指摘している。EUの指導者たちは北京に対し、人権・ウイグル・香港問題などを非難した。だが、習近平主席はEUにとって肯定的な反応を示さなかったのである。
 また、陳はEUが米中の間で中立を維持することは不可能だと喝破した。同首脳会議では人権問題以外、他の主要議題でも、EUと米国の立場が一致している。
 例えば、市場アクセス、市場開放など、欧州は中国商品に常に門戸を開いているが、中国は欧州の資金と商品に制限を設けている、と陳は指摘した。
 更に、陳は、欧州は会談直後、新疆とチベットの問題を取り上げた。ドイツの外相らは、米国と類似した方式で、「ドイツ版インテリジェンス戦略」を提示したと述べた。
 以上が概略の一部である。
 今回のビデオサミットで、習近平主席はEUを利用して中国の“四面楚歌”状況を打破したいという狙いがあった。けれども、香港を含む中国国内の人権問題で、中国とEUは鋭く対立し、両者の溝は更に深まった観がある。
 「新型コロナ」後、習近平政権は「戦狼外交」を展開したが、外交的手詰まり状態に陥った。そこで、今年9月下旬から10月初めにかけ、王毅外相が外交的突破口を開くため、欧州5ヵ国を訪問した。だが、王が香港での市民弾圧やウイグルの人権抑圧等で仏独から弾劾されている。
 今後、習近平政権が人権問題で政策転換をしなければ、EU諸国は、米国が仕掛けた“対中包囲網”に深く関与するに違いない。