澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -467-
集積回路生産の「大躍進」を目指す中国

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政策提言委員・アジア太平洋交流学会会長 澁谷 司

 現代社会では、集積回路(半導体チップ。以下、チップ)が重要な役割を担う。とりわけ、5Gの時代を迎え、更にその需要は増している。
 よく知られているように、チップは小さければ小さいほど良い。現在では、nm(ナノメートル。10億分の1メートル。0.000001ミリメートル)という単位が使用されている。各国はチップを如何に小さくするか凌ぎを削っている。
 実は、台湾新竹市にある台湾積体電路製造股份有限公司(以下、TSMC)が世界最小レベルのチップを製造する。現時点では、TSMCは3nmチップまで生産でき、以前の5nmより性能が10~15%、エネルギー効率が20~25%も向上したという。2024年頃までに、TSMCは2nmを製造するのではないかと言われている。
 周知の如く、トランプ米大統領は、ファーウェイ(華為技術)の製品を米国市場から締め出した。同社製品の約9割は携帯電話である(残り約1割がPC)。ファーウェイは表向き民間企業を装っているが、人民解放軍と深い関係を持つ。創始者の任正非は解放軍出身で、現在、娘の孟晚舟(CFO)はカナダで拘束されている(カナダの法廷では、目下、孟を米国への身柄引渡すかどうか裁判が進行中)。
 米政府はファーウェイを敵視する。なぜなら、同社製品にはスパイウェアが埋め込まれ、中国共産党が米国を中心に世界中の情報を集めているからだという。
 今年9月15日、トランプ政権は米企業や他国企業に対し、チップをファーウェイに売却するのを禁じた。台湾のTSMCや聯発科技(メディアテック)なども、その規制に従っている。
 翌10月4日、米国はケイマン諸島の中国政府系半導体受託生産最大手、中芯国際集成電路製造(SMIC)にも、ファーウェイへの禁輸を命じた。SMICの半導体装置は米国への依存度が高く、将来、生産がストップする可能性もある。
 ファーウェイにとっては、5Gに対応するためTSMC等のチップ入手は不可欠である。しかし、米国による禁輸措置で、同社に必要なチップが入りにくくなった。そこで、習近平政権は、「自力更生」によるチップ生産の「大躍進」を開始したのである。
 かつて、中国は1958年から「大躍進」運動を始めた。その際、英国等に追い付き、追い越せというスローガンが掲げられている。そして、各地で“土法高炉”を作り、粗鋼の大量生産を目指した。
 当時、「鉄は国家なり」(鉄の生産量が国力を示す)と考えられていた時代である。中国では鍋や釜などが“土法高炉”に放り込まれた。だが、所詮、素人には、まともな粗鋼が生産できなかったのである。この時期、全国では、粗鋼生産に力が注がれ、秋の穀物類の収穫は疎かにされた。そのため、以後、3年間、大飢饉が起きている。中国全土で粗鋼生産に熱狂したのが、その大きな原因の一つとなった。
 今般、北京はチップ作りの「大躍進」を展開しているが、果たして思惑通りに行くのかどうか大きな疑問符が付く。
 アリババの創始者、馬雲(ジャック・マー)が喝破したように、中国でのチップ生産は、20年遅れているという。
 一方、中国経済評論家の游資周教授は「『内循環』政策後、中国のチップ生産は何年遅れるか?」(『RFA』2020年9月8日付)で次のように指摘した。
 iPhone4s用チップは45nm(2011年時の国際水準)を使用している。中国で始まった「内循環」(=「自力更生」)経済下では、そのiPhone4sの携帯電話を生産するのが、やっとだという。
 また、今日、中国国内では、(2014年時の国際水準である)28nmチップが最高である。それを自力で完全生産するには、3~5年かかるという。だが、今では、すでに14nmが世界標準となっている。中国がこれを生産するには6〜10年かかると見込まれている、と。
 それにもかかわらず、中国共産党は、チップ生産の「大躍進」に乗り出した。チップ使用の携帯等で、武漢市が1280億元(約1兆9200億円)、成都市が615億元(約9,225億円)をはじめ、全国で1兆4,200億元(約21兆3,000億円)を売り上げようとする大プロジェクトである。
 前述のように、かつて中国は「大躍進」運動の際、使用できない粗鋼を産み出した。ひょっとすると、今度は時代遅れで使い物にならないチップを大量生産するのではないだろうか。
 ところで、以前から、我々が指摘しているように、以上のように中国の総合的な技術水準は、必ずしも高くない。2016年、李克強首相が中国ではボールペンのボールさえ作れないと嘆いていた。とりわけ、民生レベルではこの有様である。
 けれども、我が国の中では、中国の技術を過大評価する人達が少なくない。
 おそらく、中国の一部先端技術(サイバー技術や宇宙関連技術等)だけ見て、中国全体が先進的だと錯覚してしまうのではないか。