菅新政権でのクアッドが意味するもの

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マノハール・パリカル国防研究所東アジアセンターセンターコーディネーター兼リサーチフェロー ジャガンナート・パンダ

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 2017年末の再開以来、日米豪印戦略対話(通称「クアッド2.0」Quad 2.0)は世界的な牽引力を手にしており、インド太平洋地域における中心的なプラットフォームとなっている。このクアッドは対中国路線を念頭にしたものではないが、当該地域で単独主義かつ自己主張主義を強めている中国との均衡を図る集団体制と見られており、これを目指した第2回4ヵ国外相会合が今月東京で開かれ、保健衛生や経済、安全保障分野で前例のない危機にある中で非常に大きな意義をもたらした。
 
 パンデミックが始まってからの中国は、軍事的な冒険主義を伴った好戦的な対外政策の道を突き進んでおり、とりわけ豪州や米国、インドそして日本といった諸外国との関係を悪化させている。米国が新型コロナウイルス対策での中国の初動の誤りを非難していることもあり――トランプ大統領は「中国ウイルス」とまで言ってしまっているが――度重なる中国の挑発行為によって地域全体の緊張が高まっている。また、中国は拡張主義的な試みを劇的に増加させており、例えば南・東シナ海へ度々侵入している上、インドとの係争地域では現状変更を迫るなど、今でも軍事的な睨み合いが続いている。香港にはこれまでに類を見ない根拠の不確かな国家安全維持法を押し付けた。さらには複数の中国軍戦闘機が台湾の防空識別圏に侵入したことで、台湾支援のために軍事支援を請け負う米国との台湾海峡での軍事衝突の可能性も高まった。
 
 インド太平洋地域では衝突が現実に発生する可能性もあり、また新冷戦も長引く懸念があるという経済・安全保障環境の変化の真っ只中に、東京で4ヵ国外相会合が開催された。これに関して、当該会合は「自由で開かれたインド太平洋に向けた包括的なビジョン」を再確認し、人道支援や健康危機管理(ヘルス・セキュリティ)、海洋の安全、テロ対策、サイバーセキュリティにおける協力をさらに深めることで一致した。重要なことは、今回の協議が中国の単独主義的な侵略行為に対するより効果的な対応の調整と、増大する中国の影響力の無力化のために明らかな態度を示したことである。
 
 この新たな対中国政策は、特にパンデミックの渦中では経済戦略へと転化する可能性を秘めている。持続困難な対中依存の弊害を認識した日米豪印の4ヵ国は、コロナウイルス感染拡大により経済での諸問題に直面しており、インフラ投資の他に、協調的な実行プランを備えた経済再生戦略を打ち出さなくてはならなくなっている。中国による(経済面での)統合が地球規模で定着していることを考えると、この4ヵ国はより持続可能で好ましいグローバルサプライチェーンネットワークを構築し、対中依存の度合いを引き下げる必要があるだろう。このような協調的な取り組みは、印日豪による「サプライチェーン・レジリエンス・イニシアチブ(SCRI)」という形で既に始まっており、このSCRIの取り組みを後押しするため、クアッドが提供するプラットフォームにこれから先の段階で米国が加入する潜在的可能性も組み込むことができるだろう。
 
 米国大統領の交代となるかも知れない大統領選挙が来月に控えていることもあり、トランプ大統領の地位もどうなるかは定かではない。いささか荒々しい政権ではあるが、「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)構想」にトランプ大統領も重点を置いていることは、クアッドの枠組みの基礎となっている。前国務長官であるレックス・ティラーソン氏は、地球規模の安全保障システムにおける自由主義的価値観を強化するために、アジアの民主主義諸国とのさらなる連携の必要性を強調していたが、クアッドに必要とされていた弾みがつけられたのはトランプ政権の下であった。東京での会合直後、マイク・ポンペオ国務長官は、中国の「搾取」「腐敗」「抑圧」への対抗手段としてクアッドの「定例化」の重要性に繰り返し言及し、米国政府の戦略を明確にするとともに、このクアッドを中国へのバランシングという主要目的を掲げた包括的な地域的安全保障の枠組みへと移行させることに、より強く関与していくトランプ政権の姿勢を示した。米国と中国の戦略的競争は米国の政権交代が起きても弱まる可能性は低いが、(民主党候補の)バイデン氏がこの過熱した対立を変えるのか、またはクアッドにこれまで通りの優先度が与えられるのかは依然として予断を許さない。
 
 より重要なことは、今回の東京会合が、安倍晋三前首相を引き継いだ菅義偉新政権下の日本にとっての最初のクアッド会合であったということだ。このクアッド体制の要としての役割を果たしていた安倍氏は、自著『美しい国へ』の中でこのコンセプトを打ち出しており、2007年に(インド国会で行った)「二つの海の交わり(Confluence of the Two Seas)」演説の中で具体的に表明した。この一つのビジョンが非公式対話、そして4ヵ国間の戦略対話へと姿を変えた背後には、安倍氏が決定的な原動力として存在しており、彼とその他3ヵ国の首脳、特にトランプ大統領とモディ首相との個人的な親密関係は、この体制構築の土台固めに不可欠なものであったのだ。その意味で、この東京会合は菅新首相にとって、このプラットフォームを主導し、先行きの見えない時代において更新された協同効果を見出す能力を試す外交的なテストと見做されていた。
 
 しかし、この4ヵ国はこのプラットフォームをインド太平洋地域の結束強化にとって不可欠なものであると評価しているが、当該地域における各国の戦略的利益は大きく異なっている。米国は強硬な対外政策を進めている一方で、インド、日本、豪州はアクティブではあるが好戦的でない参加国としての中国を含めた包括的な地域を構想している。変化する安全保障環境では、このような会合は将来像の率直な意見交換を円滑にし、メンバー国同士で戦略の調和に進むために不可欠なものであった。
 
 今回の2020クアッド会合にとってもう一つ重要な点であったのは、ASEANを中心に「クアッド」から「クアッド・プラス(Quad-Plus)」へ非公式に拡大したことである。この拡大版はニュージーランド、韓国、イスラエル、ベトナムも含まれており、具体的には新型コロナウイルス対策を目的とするものである。決して公式な拡大ではないが、このような増員が可能なのか、そしてそうすべきかどうかについてはまだ検討の余地があった。
 
 クアッドにとって中国は依然として突き動かす要素であるため、参加国を増やすことは大いに利益にかなうだろう。中国の影響力が拡大するにつれて――「クアッド・プラス(Quad-Plus)」のような――広範な民主主義同盟は、中国が先頭に立って牽引している、イラン、ロシア、トルコ、パキスタンと潜在的に手を結びながらのユーラシア大陸の権威主義秩序との駆け引き、そしてその勝利のために不可欠であろう。しかし、韓国やニュージーランドのような国々は貿易を通じて中国と強く結ばれてもいる。中国の「戦狼外交」は、この経済大国を敵に回すと甚大な代償を払わされるということを諸外国にすでに示しており、中国政府が反中国的だと認識するネットワークへの参加を躊躇させている。
 
 今後進めていく重点事項は、クアッドの拡大を通じて地域における戦略的バランスを図り、ASEAN主導の体制を支援することである。クアッドは中国に代わる代替案を提供する包括的な経済グループを明示し、より広い透明性、信頼性、そして取引相手を選ぶ自由を提唱しなくてはならない。民主的で国際的に定着した価値観を有する国々を包摂した枠組みの拡大は、中国からの脅威を緩和するためになくてはならないものである。
 
 中国共産党にとって不可欠な会議である第19期中央委員会第5回総会(5中総会)が10月26日に始まる。興味深いことに、東京会合は習近平国家主席がこの5中総会に向けた準備を進めているその時期に開催された。この5中総会では5カ年計画のほか、習政権のこれまでの成果についても評価が下される見通しであるが、今年の中国経済は長期にわたる米国との貿易戦争とパンデミックにより低迷しており、中国国内でも動揺が広がっている。
 
 それ故に、中国の持続的な優位性を世界で示す手段として、習主席が強靭な国際的イメージを示すことが重要となる。そのために、最近の中国政府は「反中国前線」「ミニNATO」や地域における米国の不適切な干渉といったレトリックを繰り返しているのである。中国の主要目的はクアッドが諸外国からの協力を取り付けないことであり、このためにも習主席はアジアの中小国が同盟を唱えず中立を保ち、中国の陣営に加わるといったことを望んでいるだろう。