日米豪印クアッド2.0 ―どの程度実現可能なのか?

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上席研究員・シンガポール国立大学南アジア研究所客員研究員 ルーパク・ボラ

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 マニラにてASEANリージョナルフォーラム(ARF)のサイドイベントとして初めて「四ヵ国安全保障対話(以下、クアッド)」が開催されたのは2007年のことであった。しかし、その最初のクアッド会合の後すぐさま、北京政府からの反発を主たる要因として、最初の打ち解け合いの後に散会してしまった参加国の下に、思いがけない幸運が舞い込んできた。これはまるで「無用なものと一緒に大事なものを捨ててしまう(湯水と赤子を一緒に捨ててしまう)」古典的なケースであるかのようだった。
 しかし、その時以来、多くの水がブラマプトラ川(チベット高原を水源とし、ガンジス川と合流し、ベンガル湾へと注ぐ河川)へ流れるほどに歳月は経ち、クアッド参加国の政策優先順位は変化した。その間の年月にはインド太平洋地域の安全保障情勢を変化させる多くの展開があった。これは特にトランプ米国政権下での中国の台頭と米中緊張において見られた。その後、クアッドは2017年11月に復活した。この対話枠組みは、新しいバージョンのクアッドであり、通常「クアッド2.0」と呼ばれる。この時以来、同枠組みは2020年に開催された東京会合において参加国の外相の尽力により目を見張る発展を遂げたと言えよう。しかし、クアッド2.0がその潜在能力をフルに生かすことができるまでには、いくつかの課題が存在する。
 第一に、最も重要な要素は、どのようにジョー・バイデン新大統領の下で米国政権が中国の脅威に対処するかという問題である。我々はバイデン新大統領が経済及び安全保障戦略分野において、中国に対する圧力を維持し続けるのかどうか、事の成り行きを見守り、精査する必要があるだろう。
 第二に、二番目に重要な要素は、どうやってインドや日本、豪州といった国々が中国の挑戦に反応するかという問題である。2007年に先のクアッドが立ち上げられた際、参加国は初期段階以来、二の足を踏んできた経緯がある。
 第三に、クアッド2.0にとって今日唯一の超大国である米国のリーダーシップは死活的に重要である。しかし、現時点において米国は特に米国大統領選挙後の国内問題を始めとする多くの自国の問題の泥沼の中にあって、身動きが取りにくい状況にある。
 第四に、日本の菅政権が中国にどう対処しようとしているのか、依然として見えてこないという問題である。2021年後半に東京五輪の開催を目指している日本政府にとって、東京五輪が菅政権の対中外交の方向性を定め、北京政府の出方を見極める継続的な試金石となっている。加えて、中国からの旅行客が日本への訪問旅行客の最も大きな割合を占めていることも、知っておく必要がある事実である。
 第五に、クアッド2.0には依然としてベトナムやインドネシアといった国々の参加により拡大の潜在的可能性があることが挙げられる。こうした潜在的参加国の取り込みについては、今しばらくの時間を要するかもしれない。
 
クアッド2.0はどれほど実現可能なのか?
 第一次安倍政権期、安倍前首相はインド国会を面前に「二つの海の交わり(Confluence of the Two Seas)」と題した演説を行った1。この著名な演説において、安倍前首相は「太平洋とインド洋は、今や自由の海、繁栄の海として、一つのダイナミックな結合をもたらしています。従来の地理的境界を突き破る「拡大アジア」が、明瞭な形を現しつつあります。」と述べた。
 この瞬間から、インド太平洋の国際関係は急速に変化していったのである。中国がインド太平洋において益々攻撃的な役を演じる一方、「アメリカ第一」戦略に沿う形で自国問題への対処に追われる米国の役回りには疑問が付されてきている。この様な時期にあって、2016年8月27日、ケニアの首都ナイロビで開催された第6回アフリカ開発会議(TICAD VI)の開幕演説において、安倍前首相はインド太平洋構想を「自由で開かれたインド太平洋(Freedom and Open Indo-Pacific: FOIP)」へと拡張させた2。 
 故に、クアッド2.0のような戦略的イニシアティブの場合、この主導権をとることがインドや日本、豪州といった米国ではない参加国に残されている。この過去数年、これら全ての国が中国と何かしらの論争を抱えている。インドの場合、この論争は暴力へと変わり、2020年初頭の印中国境沿いにおける両軍の衝突に発展した一方、日本は尖閣諸島周辺海域において、中国側からの侵入を受け続けている。
 豪州の場合も同様に、特にスコット・モリソン豪首相が新型コロナウィルスの流行原因について独立調査を申し出て以来、中国との問題に苛まれている3。その時以来、中国は豪州に対し経済分野での報復措置を講じている。
 
 中国によって露見された増長している攻撃的な立ち振る舞いは、まるで専ら他国を口撃し、非常に非外交的な、所謂「戦狼」外交に従事する外交官の様である。
 他方、日本は菅政権の下で、特に「自由で開かれたインド太平洋」に焦点を当て、クアッド2.0において積極的な役割を演じている。加えて、国連安全保障理事会の常任理事国になるために、インドの様な国々と共に実績を積んでいるとも言える。国連が始動されてから既に75年以上が経過しているからこそ、今日の現実問題を処理するための改革が急務である。
 これらのクアッド参加国を親密にさせているもう一つの要因が、北京政府の利益を中心に、あらゆるコミュニケーションの紐帯が結びついた一つのネットワークを構築することを目的とした、中国の「一帯一路」構想である。インド、日本、そして米国は一帯一路構想の一部ではなく、責任ある形でインフラを構築するための代替手段を編み出すという願望を表明している。
 
深化する協力関係
 インド、日本、豪州、米国の間では他の領域においても協力関係が深化しつつある。具体的には豪州はマラバール海軍軍事演習の恒久的な参加国として位置づけられている。更に日米印の間では公式の三ヵ国対話が随分と長い間続いている。つまり、先述の「自由で開かれたインド太平洋」構想においてはインド、日本、豪州、そして米国の国益の間には大きな補完性があるという事を意味している。
 いずれにせよクアッド2.0は絶好の時機が到来しているアイディアである。このインド太平洋地域において、民主主義国の利益を守るためのイニシアティブを執ることは今まさに日米豪印の急務ではないだろうか。
 
 
ルパーク・ボラ ジャワハルラール・ネルー大学大学院国際学研究科にて博士号取得。パンデット・ディーンダヤル石油大学、マニパル大学の講師、ケンブリッジ大学、日本国際問題研究所、オーストラリア国立大学の客員研究員、台湾國立中興大学客員教授など歴任。現在、JFSS 上席研究員、シンガポール国立大学客員研究員。 Twitter @rupakj
 
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1 外務省HP, インド国会における安倍総理大臣演説「二つの海の交わり(Confluence of the Two Seas )」   
 https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/enzetsu/19/eabe_0822.html (2021年2月1日アクセス)。
2 第6回アフリカ開発会議(TICAD VI)開会セッション 安倍総理基調演説(平成28年8月27日,ナイロビ) 
 https://www.kantei.go.jp/jp/97_abe/statement/2016/0827opening.html   (2021年2月1日閲覧)。
3 “Australian PM Scott Morrison demands inquiry into the origin of Covid-19.” The Hindu Business Line,   https://www.thehindubusinessline.com/news/world/australian-pm-scott-morrison-demands-inquiry-into-the-origin-of-covid-19/article32701306.ece (accessed on 09 January 2021).