ウイグル族に対するジェノサイド、日本の対応は

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政策提言委員・元公安調査庁金沢事務所長 藤谷昌敏

 中国の新疆ウイグル自治区において、ウイグル族に対するジェノサイド(集団殺戮)と言える苛烈な民族弾圧が行われている。英国政府は2021年1月12日、ウイグル人の強制労働の関与が疑われる中国産品の英国への流入阻止を強化すると発表した。そして1月14日、中国問題に関する米連邦議会・行政府委員会(CECC)は、中国が新疆ウイグル自治区でウイグル族などイスラム教徒の少数民族に対し「ジェノサイド(民族大量虐殺)」を犯した可能性があるとの報告書を公開した。この報告書では、同自治区で「非人道的犯罪、おそらくジェノサイドが発生している」という新たな証拠が過去1年間に示されたとしている。こうした状況を受け、カナダの下院も1月22日、中国当局はウイグル人らイスラム教徒少数民族に対し、国際法上の犯罪である「ジェノサイド」を行っていると批判する動議を採択した。同時にカナダ政府に対し、2022年の北京冬季五輪の開催地を他の国に変更するよう国際オリンピック委員会(IOC)に働きかけることも求めている。さらに2月3日には、英BBC放送が収容所でのウイグル女性への集団レイプの実態を告発するなど、欧米諸国の中国政府に対する非難が相次いでいる。
 これに先立つ2020年9月に発表された豪戦略政策研究所(ASPI)のレポートによれば、新疆ウイグル自治区では、ウイグル族が1949年に全区人口の約76%を占めていたが、2015年には47%にまで減少した。反対に1950年代に数%に過ぎなかった漢族が2015年には36%にまで上昇したという。例えば、職業訓練と称してウイグル族を収容している「職業技能教育訓練センター」は、380以上あり、少なくとも61ヵ所は昨年7月~今年7月に新設・拡張され、14ヵ所が建設中だ。その結果、ウイグル人は人口1,100万人だったのが、720万人となったと言われている。中国公安部は、住民の40%を再教育せよとの命令を受けており、現在、老人と子供を除いた約300万人が収容されているようだ。同報告書には、多くのグローバル企業が、ウイグル人の強制労働によって生産される素材や部品の供給を受けている疑いありと記され、日本の大企業14社の実名も挙げられていた。
 
新疆ウイグル自治区の惨状
 現地からの情報を取りまとめると、これまで強制収容所には、イスラム教指導者、教育者、知識人、資産家の順で連行された。一般人は、20歳代の若い男性がまず収容され、順に30歳代、40歳代が収容された。こうした順番になった理由は、中国政府がウイグル人が結束して抵抗組織を作ることを警戒しているからだ。外国勢力から武器を支援されてテロ組織を作らせないために、イスラム教指導者や知識人などの抵抗の核となる者やテロ活動の中心となる若年層をまず収容した。例えば、あるイスラム教指導者が連行された家には、監視カメラが設置され、当局から漢人が2名来て家に寝泊まりするようになった。当局は、これを「親戚」と言っており、家族の不満を聞くためとされるが、実態は家族の監視要員だ。
 そしてウイグル人の資産家は財産を没収された。あるウイグル人工場主は収容所に入れられた後、工場を漢人に乗っ取られて、ウイグル人の職業訓練と称してウイグル人が低賃金で働かされた。さらに、それらのウイグル人が連行された後には、移住してきた漢人が働くようになった。2012年、新疆ウイグル自治区には1,400社以上の企業があり、うち70~80社がウイグル人のオーナー企業だったが、ほとんど漢人に乗っ取られた。減少したウイグル人の代わりに2年間で200万人の失業した中国人が移住してきた。これは中国政府が漢人の失業対策として行った政策だ。収容所に家族まるごと入れられた家には移住してきた中国人が住んだ。現地の公安部幹部の話では、まだ収容予定者リスト20,000人分が用意されているとのことで、これからも強制収容が終わることはない。収容所では、長時間、低賃金もしくは無給という悪条件での労働を強要され、中国語や毛沢東思想を学ばなければならず、イスラム教の信仰も禁じられている。収容所の食事は、饅頭1個と野菜スープが1日3回出るだけという飢餓に近い状態におかれている。収容所内での過酷な扱いにより、精神的な障害を受けたり、無気力、無関心などの虚脱状態に陥る者も多く、特に高齢者では衰弱や死亡の原因となっている。そして収容所内では、生物化学兵器の実験台、薬物の実験、臓器売買などが行われており、死者は証拠隠滅のため、全て火葬にされているなどの噂が絶えない。
 元々、新疆ウイグル自治区の開発と治安維持は、新疆生産建設兵団(XPCC、通称「兵団」、兵数300万人)が1954年に中国西部を拠点として設立されたことに始まる。当時イスラム教徒のウイグル族が圧倒的多数を占めた地域(現在の新疆ウイグル自治区)に漢民族の復員兵を大量に入植させる目的で設立された。兵団の中心は民兵組織約10万人で、テロ活動の取り締まりや綿花などの生産活動に従事していた。同区の主要生産物である綿花栽培では、約40万人の団員が中国産綿花全体の3分の1に当たる量を収穫しており、兵団の収穫物は世界に拡散している。米国務省は、兵団は強制労働も活用していると指摘し、2020年7月31日、兵団の幹部2人を同自治区での人権侵害に関与した疑いで制裁対象に加え、米国企業や個人が兵団と取引することも禁じた。
 
日本が守るべきウイグル族に対する「人間の安全保障」
 本来、安全保障とは、歴史的、伝統的に「国家が外部の脅威から自国の領土・領海・領空を守り、自国民の生命・財産等を守る」ことをいう。しかし、近年、こうした「国家の安全保障」ではなく、国際社会の秩序を人間・社会の延長として認識し、国家の最小構成単位である人間一人ひとり(個人)に注目した「人間の安全保障」という新しい考え方が出てきた。国際社会には、人間の生存権、生活権、尊厳を脅かす様々な脅威が存在している。例えば、貧困、飢饉、感染症、災害、環境破壊、紛争、組織犯罪、薬物、人権侵害などである。
 ウイグル族に対する虐殺は、まさにこの「人間の安全保障」に該当するものであり、日本も国際社会と一致協力して対処していかなければならない。2月10日、「日本ウイグル国会議員連盟」が超党派議連としての活動を本格的に再開しており、先に発足した「ウイグルを応援する全国地方議員の会」とともに今後の活発な活動に期待したい。