澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -352-
キルギスタンで起きた「反中デモ」

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政策提言委員・アジア太平洋交流学会会長 澁谷 司

 今年(2019年)1月17日、中国の隣国、キルギスタンで大規模な「反中国デモ」が起きた。デモには、200人から300人が参加している。そして、デモ参加者21人が警察に逮捕された。
 近年、キルギスタンでは、中国のプレゼンスが徐々に高まってきた。それに対し、キルギス人は反発している。
 1991年に独立したキルギスタンは資源に乏しく、中央アジア5ヵ国中、タジキスタンと並んで最貧国と言われる。同国の主な産業は、農業・牧畜と水力発電である。
 キルギスタンは、経済的対中依存度が極めて高い。中央アジア5ヵ国で、タジキスタンが1番多く中国からの負債を抱えているが、キルギスタンが2番目である(同国における外債中、約7割が中国からの負債)。
 キルギスタンで発生した「反中デモ」には、このような背景があった。
 今回のデモは、具体的に以下の要因が考えられよう。
 第1に、中国企業がキルギスタンへやって来て、鉄道等のインフラ整備を行っている。それ自体、同国の経済発展のため、決して悪い事ではない。
 問題は、中国企業がキルギス人を雇わず、中国人労働者を同国まで連れて行き、働かせる点にある(アフリカ諸国での開発でも同じ手法)。これでは、キルギス人の不満は募るだろう。
 第2に、中国企業がキルギスタンへ進出すると、広い工場用地を必要とする。そのため、一部のキルギス人は、牧畜用の土地が狭まり、中国人に土地を収奪された思いを持つ。
 第3に、中国人がキルギスタンへやって来て、次々と同国籍を取得している。キルギスタンは人口が600万人なので、もし中国人移民が多くなれば、国中が中国人(漢族)で溢れ返るだろう。
 この件に関しては、ロシア・東シベリアにおける中国人の“浸透”を想起させる。人口の少ない東シベリアは、中国人が合法・不法で入って来る。一説には、年間およそ100万人の中国人が、同地へ“浸透”するという。プーチン政権は、キルギスタン同様、これを恐れている。
 第4に、中国男性が、キルギスタンの女性と結婚するケースが増加している。これもキルギス人男性には、不満の原因となっている。
 よく知られているように、中国では、男女の人口がアンバランス(男余り)で、独身男性が同年代の女性と結婚するのが難しい。そこで、国内では、中国共産党はチベットや新疆・ウイグル等へ漢族男性を送り込み、同地で現地の女性と結婚させる政策を採って来た。
 北京はこの政策を海外へ拡大しているのではないか。
 第5に、現在、新疆・ウイグルでは、約100万人のイスラム教徒が強制的に「再教育キャンプ」に収容されている。そこから逃げ出すキルギス系中国人もいる。これも、キルギス人が中国を警戒する理由ではないか。
 他方、昨2018年、キルギスタンは、北京による4億米ドル(約440億円)借款でビシュケクの熱電併給所を改修した(請負会社は中国「特変電工集団」)。しかし、完成後、同所は数ヵ月で故障している。同年6月、イサコフ前首相が汚職容疑で逮捕された(ジェエンベコフ大統領による前政権への弾圧との見方もある)。
 それも、今回の「反中デモ」の一因かもしれない。
 ところで、キルギスタンの人々は、習近平政権による「借金漬け外交」の結果、自国領土が中国に奪われるのではないかと戦々恐々としている。キルギスタン政府は、これはデマだとして“火消し”に追われる始末である。
 実際、北京はパキスタンやスリランカで「借金漬け外交」が奏功し、港湾の運営権を獲得している。中国共産党がキルギスタンの領土そのものを割譲する公算は小さいが、“租借”する可能性は決して低くない。
 かつて、日清戦争後の1898年、英国が香港の新界を「99年租借」した。今度は中国がキルギスタンで実行するかもしれない。当時、西洋列強に行われた事を今度は自らが他国に行う。これこそ「歴史の皮肉」以外、何物でもない。
 目下、マレーシアをはじめ、中国の「一帯一路」構想が次々と挫折している。習近平政権が、不景気にも拘らず、“採算度外視”の政治的海外投資を行っているからだろう。巨額の財政赤字(最低でもGDPの300%以上)で首が回らず、もはや習政権は崩壊の危機に瀕していると言っても過言ではない。