中距離ミサイルの日本配備論

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顧問・麗澤大学特別教授 古森義久

 アメリカのトランプ政権が日本を含む東アジアに新たな中距離ミサイルの配備を計画するようになった。中国や北朝鮮のミサイルの脅威を抑止する目的だが、日本側の年来の防衛面での制約もあり、日米間での論議を招く展望も予想される。
 トランプ政権の東アジアでの新規のミサイル配備案はアメリカが冷戦時代にソ連との間で結んでいた中距離核戦力(INF)全廃条約の破棄が直接の契機となった。同条約は東西冷戦時代の1987年に結ばれ、射程500キロから5500キロまでの地上配備の中距離弾道、巡航両ミサイルをすべて破棄することを決めていた。
 だがトランプ大統領はこの条約の継続に反対し、この8月2日には正式に破棄の手続きを発効させた。理由はロシアがすでに条約を破っており、さらには中国や北朝鮮が条約での制約を受けないため大量の中距離ミサイルを配備したことがあげられた。日本を含む東アジアではアメリカとその同盟諸国は地上配備の中距離ミサイルはゼロなのに、中国と北朝鮮は1000基単位の同種のミサイルを配備するという不均衡が起きていたのだ。
 日本ではINF条約の破棄に対して「核兵器増強の果てしない競争が始まる」という反対の声もあるが、現実はかなり異なる。そもそも同条約は核兵器自体の削減や破棄を規定したのではない。核と非核の両方の弾頭を装備できる運搬手段としてのミサイルの破棄を決めていた。核兵器自体の削減はなにも求めていなかったのだ。
 とにかくこの条約破棄の結果、アメリカは東アジアでもどこでも中距離ミサイルを地上に配備してよいことになった。その方針をトランプ政権の新国防長官となったマーク・エスパー氏が明言した。8月3日、訪問先のオーストラリアで以下のように述べたのだ。
 「INF条約の破棄を受けて、アジアに新たに地上配備の中距離ミサイルを配備する計画を
 進めたい。その配備はこれから数ヵ月の単位を考えている」
 事は急を告げるという感じなのだ。無理もない。日本周辺でのアメリカ側にとっての中距離ミサイルの脅威というのはきわめて切迫し、あまりに巨大な規模だからだ。
 いま中国が保有する全ミサイルは約2000基だとされる。INF条約の基準だと、このうちの95%相当が条約違反となる。つまり地上配備の中距離ミサイルは1900基もあるというのだ。同様に北朝鮮の中距離ミサイルもすでに600基以上に達したとされる。
 こうした中距離ミサイルの脅威に対しても、わが日本側、アメリカ側の備えはゼロだった。相手のミサイルに対して同様のミサイル戦力を保持して、攻撃を受ければ、必ず攻撃を返すという能力をつけることが敵の攻撃を事前に防ぐ。この抑止の理論に従えば、アメリカや日本はきわめて弱体の危険な状態にあるのだ。
 中国や北朝鮮は中距離ミサイルによって日本や韓国、そして在日米軍、在韓米軍を攻撃できるだけでなく、さらにグアム島の米軍の主要基地をも攻撃できる。一方、アメリカ側がそんな攻撃を抑止できる中距離ミサイル能力がほぼゼロなのである。トランプ政権はこの不均衡をなくすためのミサイル配備という基本戦略をすでに決定したわけだ。その案のひとつが日本国内への中距離ミサイル配備計画なのである。
 アメリカの海軍大学の教授を10年ほども務めた米中関係の軍事動向や日米安保問題に詳しいトシ・ヨシハラ氏が語った。同氏は日系アメリカ人の専門家である。
 「日本国内への米軍の中距離ミサイル配備というと日本側では政治的にも反対があるかもしれない。その場合、日本自身が中距離ミサイルを保有するという案も米側にはある。とにかく中国に対しては軍事面で中距離ミサイルの不均衡という日米両国にとって深刻な課題がいま目前に存在するということだ」
 この中距離ミサイルの日本国内の地上配備という案は、実はアメリカ側ではかなり以前から語られてきた。日本をめぐるアメリカ側と中国や北朝鮮の側とのミサイル・ギャップがあまりに巨大だったからだ。だがそのギャップはINF条約のために埋められなかった。しかしいまやその条約がなくなった。
 さてトランプ政権が今後どのような形でこの中距離ミサイル配備案を提示してくるのか。
 日本の戦後の防衛政策を根幹から変えることにもつながる重大課題がひたひたと迫っているとも言えるのだ。