澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -397-
次期台湾総統選に出馬表明した呂元副総統

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政策提言委員・アジア太平洋交流学会会長 澁谷 司

 よく政治は「一寸先は闇」と言われる。今年(2019年)9月17日、かつて陳水扁元総統とコンビを組んでいた呂秀蓮元副総統(75歳)が、正式に次期総統選に出馬する意向を明らかにしたのである。
 今回、呂元副総統は、彭百顯・元南投県長(70歳)と手を組み、自らが総統候補、彭百顯が副総統候補として出馬するという。「喜楽島連盟」(Formosa Alliance、主席は元台湾基督長老教会牧師、羅仁貴)が呂元副総統を推薦した(ただし、呂元副総統はまだ民進党を正式に離党していない)。
 昨年4月、「国名変更」・「新憲法制定」を問う公民投票実施や国連加盟を目指す「喜楽島連盟」が成立した際、李登輝元総統・陳水扁元総統ら古参の大物政治家が名を連ねた。
 同連盟は今年7月20日、政党として発足したばかりである。そのため、党による推薦方式で総統・副総統候補者を擁立できない(原則、直近の国政選挙で5%以上の得票が求められるため)。
 したがって、呂元副総統は署名方式で立候補を目指すという。その場合、直近の立法院選挙有権者の1.5%(約28万人余り)の署名が必要である。
 もし、上記規定の署名数が集まらない場合には、呂元副総統は出馬できない。その場合、事実上、民進党の蔡英文現総統(63歳)と国民党の韓国瑜高雄市長(62歳)の一騎打ちとなる。
 今年7月15日、国民党の党内予備選(世論調査)で、鴻海精密工業(ホンハイ)の創業者、郭台銘(68歳)は韓国瑜高雄市長に大差で敗れた。
 そこで、郭台銘は、無所属での次期総統選出馬を模索していた。けれども、9月17日、すでに郭台銘は総統選出馬を断念したと伝えられている。他方、台湾民衆党の台北市長、柯文哲(60歳)も、郭同様、次期総統選出馬を諦めている。
 郭台銘も柯文哲も、自らの思惑とは違って、中国共産党からの指示で出馬断念を余儀なくされた可能性を排除できない。韓国瑜・郭台銘・柯文哲の3人が出馬すれば、国民党系(ブルー陣営)の票が分散し、足の引っ張り合いとなるだろう。
 北京政府としては、再び国民党に政権奪還させたいのではないか。将来、「中台統一」を目指すためである。だから、韓国瑜に一本化する必要があったのかもしれない。
 ところで、なぜ「台湾独立」を掲げる「喜楽島連盟」が呂元副総統を担ぎ出したのか。それは、同連盟が蔡英文総統に不満を抱いているからだろう。
 蔡総統はジェンダー問題、特に同性婚にこだわった。今年5月17日、立法院ではアジア初の同性婚を合法化する法案を賛成多数で可決している。その点を評価する有権者も少なくない。
 だが、民進党の支持母体である台湾基督長老教会は、聖書の記述を忠実に守る“福音派”である。同性婚など認められるはずはないだろう。そのため、長老教会は蔡総統の再選を支持していない。
 このように、民進党支持者ら(グリーン陣営)がまとまっていない。グリーン分裂の危機である。かかる状態で、来年1月、総統選挙(と立法委員選挙)が行われ、果たして民進党が勝利できるのか疑問符が付く。
 実は、2014年以降、台湾と香港の民主化運動が“シンクロ”する傾向が見られる。
 昨年2月、若い香港人カップルが台湾を旅行中、男子(陳同佳)が女子(潘曉穎)を殺害し、陳1人で香港へ戻った。しかし、香港警察は(台湾との間で、犯人引渡条約がないため)陳を殺人罪で起訴できなかったのである。
 そこで、香港政府は法律の不備をなくすため「逃亡犯条例」の改正に着手した。けれども、その改正案では、香港における経済犯でも、中国大陸に送られて、中国の裁判所で裁かれる可能性が出て来た。これを機に、香港では改正案反対運動(=「反送中」運動)が燃え上がった。
 同時に、台湾であまり人気の無かった蔡英文総統の支持率が急上昇したのである(今年6月、蔡総統は民進党内の総統候補予備選<世論調査>で、頼清徳前行政院長に圧勝)。
 結局、今年9月4日、林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官によって、改正案は撤回された。だが、香港政府に対するデモ隊の「5大要求」(民主的選挙実施を含む)運動は未だ続いている。
 香港がこのような状況下にある限り、確かに蔡英文総統の方が「親中派」の国民党候補、韓国瑜よりも有利のはずである。
 しかし、仮に、呂秀蓮元副総統が次期総統選に出馬したとしよう。当然、「喜楽島連盟」は呂総統候補に投票するので、グリーン票の一部が蔡総統から呂候補へと流れる。
 すると、たちまち蔡総統再選に黄色信号が灯るだろう。したがって、現時点は不利とされる韓国瑜候補が蔡総統を逆転する公算も出て来た。