澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -399-
中国共産党の任期制が復活か?

.

政策提言委員・アジア太平洋交流学会会長 澁谷 司

 今年(2019年)8月22日、『人民日報』関連のSNSで、かつて鄧小平が党幹部の「終身制」廃止決定を行ったとするツイートが現れた。鄧は、将来、二度と毛沢東主席のような“独裁者”が出現しないよう考慮し、実行したのである(周知の如く、1966年~76年「文化大革命」という名の毛沢東による“奪権闘争”で、多くの党幹部や人民が悲惨な被害を蒙った)。
 おそらく人民日報出版社の誰かが、習近平主席の「終身制」を揶揄したのではないだろうか。だが、そのツイートはすぐに削除された。そのため、「終身制」への批判はこれで終わりかと思われた。
 ところが、翌9月18日付『求是』(ウェブ上では同月15日発表)は、2014年9月5日、習近平主席の全国人民代表大会成立60周年大会祝賀式典での講話を再掲載したのである。
 習主席は、その中で「我々は実際に存在した指導的幹部の終身制を廃止し、指導的幹部の任期制度を普遍的に導入し、国家機関と指導部の秩序ある交代を実現した」と語っていた。
 それにもかかわらず、昨春、習近平政権は国家主席の任期制を撤廃する憲法改正を行っている。そして、事実上、主席の「終身制」を“復活”させた。おそらく習主席が掲げる「中国の夢」(中華民族の偉大なる復興)を、自らが達成させるためではないか。
 けれども、突然、中国共産党中央委員会が主管する『求是』に、この講話が再び掲載された。その理由として、いくつかの可能性が考えられよう。
 第1に、「習近平派」が(習主席のやり方に不満を持つ)「反習近平派」に包囲され、二進も三進も行かなくなった。そこで、習近平主席が自ら「終身制」に終止符を打ち、再び任期制を導入する。そのための布石なのかもしれない(ただ、この場合、「習近平派」がまだ「反習近平派」に完全に白旗を揚げた訳ではない)。
 2012年秋、習近平主席が登場して以来、
 (1)中国経済は悪化の一途を辿る(投資・消費が右肩下がり)
 (2) 中央政府の財政赤字は更に膨らむ(GDPの300%~350%)
 (3) 「米中貿易戦争」では、体力のない北京が苦戦を強いられている
 (4)一時、強かった人民元も、今では下落傾向にある(現時点で1米ドルが7.1元前後)
 (5)不動産バブルが、いつ弾けてもおかしくはない
 (6)「一帯一路」での“バラマキ政策”では、相手国から巨額の借款を回収できない(相手国の港湾を租借しても、軍事的には意味があるが、経済的には疑問符が付く) 
 (7)香港問題(「逃亡犯条例」改正を巡り、大規模なデモが発生)も未だに解決できない
 (8)中国全土に蔓延した「アフリカ豚コレラ」は一向に収束せず、豚肉をはじめ羊肉・牛肉・鶏肉が高騰している
 (9)約10年前に完成した三峡ダムが湾曲している恐れがあり、いつ決壊するかわからない等、北京政府がする事が必ずしも上手く行っていない。
 第2に、「習近平派」が完全に「反習近平派」から追い詰められ、『求是』でその勝利を中国内外に宣告した。それが、習講話の再掲載だったのかもしれない。「習近平派」が「反習近平派」に対し、完全に白旗を揚げた公算もある。
 だとすれば、近い将来、「宮廷クーデター」が起こり、習近平主席が失脚するというシナリオもあり得るのではないか。その場合、誰が後継者となるか。常識的には、党内序列ナンバー2の李克強首相が主席になる公算が高い。しかし、クーデターが発生すれば、誰が後継者としてトップに躍り出るかは予測不能だろう。
 第3に、未だ「習近平派」が党内をほぼ掌握し、これから「反習近平派」へ反撃する準備を整えているのかもしれない。
 『求是』に、習近平主席の講話が再掲載されたのは、「習近平派」が故意に「反習近平派」を油断させるための“罠”なのではないか。
 ひょっとして、「習近平派」は、何か奥の手を使って、「反習近平派」を徹底して打ちのめそうとしているのもしれない。「習近平派」は虎視眈々と、その機会を窺っているとも考えられよう。しかし、その可能性は極めて低い。