「シリアからの米軍撤退が意味するもの」
―中近東に新しい歴史始まる―

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会長・政治評論家 屋山太郎

 トランプ米大統領がシリア北部から米軍を撤退させたことで中近東の歴史は一変するのではないか。米軍を中東に駐留させていた理由はイスラエルへの攻撃を予防するためと、自国で使う石油輸送路を確保するためだった。米軍のような大国が戦争に加わると必ず武器が大型化し、戦争の規模が大きくなる。
 安倍首相が再び政権に就いたころ、モスクワで大国の首脳が集まったことがある。オバマ米大統領が「シリアの政府軍に武器を売ってやっている」と説明するのを聞いたプーチン大統領は「なあ、シンゾー、性能の良い武器は必ず過激派に流れるんだよ。アメリカが助けているのはISだ」と言ったという。
 その後の中東の変遷を見ていると、ISが強化され、一帯はISに占拠されるのではないかと思わせた。プーチンはシリアの政府軍を助けて混乱を終わらせるとの考えに終始した。正しかったかどうかは別にして鎮静化に大きな力を発揮したことは確かだろう。トランプはトルコのクルド人勢力を支援してIS退治に力を発揮したが、異民族のクルド人を国内に抱えるトルコにとっては、異民族がさらに強化されるのは迷惑至極だった。
 シリアとトルコは何百年も戦争しているが、シリア軍と強くなったクルド勢力が手を結んでトルコを攻撃する気配が生まれた。クルド民族は周辺4ヵ国に分裂されているから、ここでトルコからの分離独立を果たせば、クルド統一への拠点になるとの思惑もあったのだろう。
 トランプ大統領はシリアのクルド族とシリアの政府軍が衝突すれば、新たな戦争の火種になると判断した。中東から一挙に手を引くとの判断は、米軍の歴史からは考えられなかった決断である。守ってきた石油ルートは米国が必要とする石油を得るためだったが、なくても国内で自給できる体制ができた。米国が中東に出張る必要は無くなったのだ。
 中東の植民地政策は建設的なものを何も生まなかった。サッチャー首相は欧米の植民地政策を非難された時「アラ、文化を教えたのよ」と言ったという。日本は朝鮮半島、台湾を併合したが、欧米の植民地化とは根本的に異なる。政治制度と人種の差別感をなくすことを教えた。第1次大戦後1920年にアメリカのウィルソン大統領が国際連盟を作った。その際日本が主張した一点が「人種の平等」だったが、ウィルソンは受け入れなかった。米国が人種の平等に目覚めるのはその40年後である。
 ちなみに日本には平安中期以後、奴婢の制度はなかった。日本が韓国を併合した1910年、朝鮮には奴隷が人口の35~45%を占めていたという。併合によって彼らは平民となり、それまで無かった姓を欲しがった。
 シリアからの撤退で、中近東に新しい歴史が生まれるだろう。欧州(EU)が崩れかけたのも中東の難民が押し寄せ過ぎた面も強い。欧州にも鎮静化をもたらすのではないか。
(令和元年10月23日付静岡新聞『論壇』より転載)