澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -142-
国内の“矛盾”を日本にぶつける中国

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政策提言委員・アジア太平洋交流学会会長 澁谷 司

 今年8月5日(現地時間5日20時。日本時間6日朝8時)、ブラジルのリオデジャネイロ・オリンピックが華々しく始まった。
 それとは裏腹に、同6日、尖閣諸島周辺の“接続水域”(“領海”に接続するその周りの海域)に、中国海警局の公船7隻が相次いで進入した。同時に、中国漁船約230隻の活動も確認されている。 
 翌7日、中国海警局の公船5隻が“領海”に侵入した。これはゆゆしき事態である。また、その周辺の“接続水域”には、今までで最も多い中国公船13隻が航行した。 
 日本政府は、これまでにない中国側の“挑発”行為に神経を尖らせ、警戒を強めている。中国軍は、すぐにでも尖閣を占領する構えである。 
 なぜ習近平政権は、一触即発の危険な“挑発”行為に及んでいるのだろうか。 
 実際、中国経済は想像以上に悪い。当分の間、その回復の見込みはないだろう。経済が好調時ならば、平和的な環境が求められる。したがって、もし中国の景気が良ければ、普通、このような“挑発”行為はあり得ない。ひょっとして、北京は武力を用いても苦境を打開したのではないか。 
 目下、習近平政権は、多額の借金で首が回らない。そのため、財政出動もままならない(国全体の借金は、GDPの250~280%にも及ぶ)。 
 国内の構造改革も停滞している。例えば、「ゾンビ企業」(主に、赤字体質の国有企業)を倒産させれば、社会に失業者が溢れる。かと言って、「ゾンビ企業」を存続させれば、中央政府の補助金が膨れ上がり、国家財政はますます苦しくなる。 
 もし、中国共産党が経済を成長させる事ができないのなら、そのレゾン・デートル(存在理由)が疑われる。 日本のマスメディアは、ほとんど報道しないが、中国各地では、連日、地方政府の横暴に対する抗議・環境汚染問題をめぐる抗議・国有企業や民間企業の給料欠配への抗議・シャドーバンキングの倒産でその補償金を求める抗議など、数千から数万人規模の住民・農民デモが起きている。 
 その度に、中国当局は、公安・警察、時には武装警察まで投入し、デモを鎮圧している。流血騒ぎは、日常茶飯事である。
 最近、中国では、揚子江中流域での大洪水、福建省での洪水、河北省での洪水と連続して被災した。けれども、地方政府は死亡者数を少なく発表し、遺族らの怒りを買っている。 
 このように社会が不安定な状況下で、習近平政権は、先鋭化する国内の矛盾から人々の目をそらすため、海外で“故意に”敵を作り出している公算が大きい。 
 先月7月12日、フィリピンが提訴していた南シナ海をめぐる国際仲裁裁判所の「裁定」は、中国に対して厳しかった。同裁判所は、今まで北京が主張してきた「9段線」のすべてを否定したからである。 
 しかし、日本だけがその「裁定」に従うよう中国に強く求めている、と北京政府はしきりに強調している。だが、日本ばかりでなく、国際社会全体が中国に「裁定」の履行を求めているのは周知の事実である。 
 では、どうして習近平政権は、日本に対して不満をぶつけるのだろうか。 
 中国は、南シナ海で、南沙諸島ではフィリピンと、西沙諸島ではベトナムと直接対峙している。本来ならば、仲裁裁判所へ提訴したフィリピンを厳しく非難すべきだろう。 
 北京政府は「裁定」後、フィリピンと2ヶ国で話し合いの場を持とうとした。けれども、その申し出は、フィリピンのヤサイ新外相に断られている。 
 はじめ、ドゥテルテ比大統領は、「親中派」と見られていたが、意外にも反骨精神が旺盛で、簡単には中国に屈しない姿勢を取っている。 
 おそらく習近平政権が日本を標的にしている理由は、安倍晋三内閣による東シナ海・南シナ海で「中国包囲網」形成を意識しているからではないか。 
 われわれが以前から指摘している、安倍政権による対中「J型包囲網」である。それは、日本・沖縄・台湾・フィリピン・東マレーシア・インドネシア・シンガポール・西マレーシア・ベトナムを結び、中国軍を牽制し、封じ込める。 
 言うまでなく、我が国にとって、東シナ海と接続する南シナ海は、重要なシーレーンである。したがって、日本の南シナ海への関与は不可欠だろう。当然、北京政府は、安倍政権の対中「J型包囲網」構築を忌まわしいと考えているに違いない。 
 問題は、仮に中国軍が尖閣諸島を奪取した際、米国がその紛争に介入するか否かである。その時こそ、日米同盟の真価が問われるだろう。