澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -150-
中国一般庶民の間での江沢民元主席再評価

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政策提言委員・拓殖大学海外事情研究所教授 澁谷 司

 今年(2016年)8月17日、江沢民元主席(「上海閥」)は満90歳の誕生日を迎えた。ネット上では、その誕生日を盛大に祝おうと盛り上がりを見せていた。
 ところが、北京政府は、江沢民誕生祝いを警戒し、祝賀を中止させた。習近平政権は、ネット世論が江沢民元主席を称賛するのを怖れている。
 香港の中国専門家、ウィリー・ラム(林和立)によれば、江沢民元主席は健康ではないが、依然、共産党内で多大なる影響力を持つという。そのため、習近平政権は、ネット世論が江元主席に味方するのを警戒したに違いない。
 実は、以前ならば、四角い眼鏡をかけた江沢民元主席は、ヒキガエルのようなイメージのため、笑い、あざけりの対象となっていた。
 ところが、今では、大笑いしながら大きな声で話す江元主席が祭り上げられている。江沢民元主席は英語やロシア語ができ、“教養人”との評価すらある。これは、歴史の皮肉かもしれない。
 胡錦濤時代(2002年~2012年)、胡錦濤主席は“鉄仮面”に終始し、決してにこりともせず、淡々と10年間の任期をまっとうした。
 2012年11月以降、習近平時代になると、ネットでの監視は更に厳しくなり、人権は抑圧され始めた。また、習主席は、権力を集中させようと躍起になっている。そして、習主席とその取り巻きは、中国に「総統制」(=大統領制)導入に血道を上げている。
 さて、中国の一般庶民にとって、習近平主席の「反腐敗運動」はあくまでも党内闘争にしか過ぎない。事実、庶民に何の利益をもたらしていない。
 それどころか、反対に、習近平時代になってからしばらくして、中国経済が停滞した。内需が冷えこんでいるのは、「反腐敗運動」とも関係していよう。
 習近平主席は、恣意的に「反腐敗運動」を行っている事は、誰の目にも明らかである。「太子党」は誰1人として失脚していない(ちなみに、「太子党」の薄熙来の失脚は、胡錦濤政権下だった)。「反腐敗運動」のターゲットはあくまでも「上海閥」か「共青団」のいずれかである。
 また、「パナマ文書」で明らかなように、中国特権階級(特に「太子党」)は、中国の一般庶民を踏み台にして、資産を蓄えている。その資産が中国国内に留まるならまだしも、マネーロンダリング等で海外に流出している。
 実際に、江沢民時代(1989年から2002年)、まず、1997年7月、英国から中国へ香港が返還された。
 次に、2008年の北京五輪や2010年の上海万博誘致などが決まっている。前者は、2001年7月、モスクワで開かれた第112回IOC総会で、後者は、2002年12月、モナコのモンテカルロで開催された博覧会国際事務局総会で決定されている。
 つまり、江沢民政権下、中国の一般庶民が自国の将来に対し、希望の持てる時代だった。
 一方、当時、まだ中国経済が世界的にそれほど大きくなかった。そのため、江沢民主席は、鄧小平の教えである「養光韜晦」(能ある鷹は爪を隠す)政策を堅持し、欧米との摩擦が少なかった(ただ、江沢民主席は我が国を敵視する「愛国主義教育運動」を始めた。その結果、日本との関係は悪化していく)。
 また、江沢民時代、“中国の文化”と言える腐敗が大流行した。そして、賄賂が人間関係構築の潤滑油として機能している。売官等が平然と行われていた。
 江沢民時代後期、朱鎔基首相が登場し、国有企業改革を強行した。当時は、リストラされた従業員が別の職場へ行くことがまだまだ可能だった。今、習近平政権下で、国有企業改革を実施すれば、間違いなく従業員は失業したままとなるのではないか。
 われわれが前から主張しているように、中国共産党は経済を発展させなければ、その存在意義はない。今のままの経済の低迷状態が続けば、社会はますます不安定化するだろう。
 周知のように、江戸時代、松平定信による「寛政の改革」の際、「白河の清きに魚のすみかねてもとの濁りの田沼恋しき」 という狂歌が詠われた。老中、田沼意次時代を懐かしみ、「寛政の改革」を風刺している。
 現在、一般庶民やネットで江沢民元主席が再評価され、親しみを持たれている。という事は、習近平主席の人心が離れている証左ではないだろうか。