澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -167-
トランプ新大統領の誕生と中国

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政策提言委員・アジア太平洋交流学会会長 澁谷 司

 2016年11月8日(火)、米国では大統領選挙と上下両院選挙が同時に行われた(上下院とも共和党が過半数を獲得)。
 翌9日未明、ドナルド・トランプ大統領候補が勝利宣言を行った。そのため、世界中に衝撃が走っている。
 ヒラリー・クリントン氏は民主党の地盤の州だけで、200人以上の選挙人獲得が見込まれていた(過半数は270人)。その数はトランプのそれを大きく上回っていたので、元々ヒラリーが有利なはずだった。
 しかし、選挙は水物である。下駄を履いてみるまでは何が起こるかわからない。トランプが多くの「スイング・ステート」の激戦州(フロリダ州やオハイオ州など)を制し、最終的に当選している。
 今回、米大統領選挙では、ほとんど大手マスメディアがトランプの言動を嫌い、ヒラリー支持を打ち出した。共和党内からも、トランプへの不支持を表明する有名人が多かった。
 けれども、多くの白人の中間層(特に没落した)は現状に対して大きな不満を抱き、ワシントンの政治に飽き飽きしていたのである。
 トランプは、その声(サイレント・マジョリティー)を救い上げた。また、トランプは政治的経験の欠如(=ワシントンから遠い)によって、却って斬新なイメージを打ち出すことができた。
 但し、一部の白人中間層はトランプ支持を明確に公言することはなかった。彼らこそが「隠れトランプ支持者」であり、世論調査を欺いたのだった。
 さて、中国共産党は、米国の新大統領として、ヒラリーとトランプ、どちらが好ましいと考えていたのだろうか。
 トランプに関する習政権の公式見解(コメント)が発表されたわけではないので、推測するしかない。
 一般論として、トランプ新大統領は、政治経験がないので、外交は素人である。従って、中国共産党としては、トランプの方が、ヒラリーよりも与し易いと考えるのが自然である。
 或いは、習近平主席は、政治経験の豊富なヒラリーよりも、実業家のトランプの方が率直で話しやすいと踏んでいたかも知れない。
 具体的に、まず、ヒラリーもトランプも選挙期間、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)に関しては反対を唱えていた(TPPは中国抜きの経済同盟の感がある)。
 もし、ヒラリーが当選してしたら、オバマ政権の政策を継承するため(公約を破棄して)TPP締結の方向へ動いたかも知れない。
 だが、トランプは基本的に“保護貿易主義者”なので、TPP締結を拒否する公算が大きい。その点、中国にとって朗報だが、一方で、トランプは中国製品に対し高関税をかけると公言していた。
 次に、ヒラリーが新大統領となっていれば、民主党政権の軍事・安全保障政策を継承する可能性が高かった。
 実際、ヒラリー自身、国務長官時代、アジア重視である「リバランス」政策に関与していた。また、ヒラリーは、尖閣諸島(中国名:釣魚島)は日米安保の対象となると明言していた。これらについては、中国共産党にとって好ましくないだろう。
 そして、ヒラリーは、オバマ政権が、2015年10月から開始した南シナ海での「航行の自由」作戦を継続する可能性があった。
 けれども、トランプは選挙期間中、日米安保の不平等性に言及し、もっと我が国に在日米軍の駐留経費を負担させるつもりだと表明していた。場合によっては、在日米軍の日本撤退も示唆している。
 もし、米軍(特に沖縄)が日本から撤退すれば、中国軍にとって、東シナ海・南シナ海が「中国の海」となるかも知れない。習近平政権は大歓迎だろう。
 更に、トランプは、日韓の核保有許容発言をしている。中国や北朝鮮に対し、日韓が核保有で対抗すれば良いという考えだろう。
 この点、中国共産党としては、受け容れにくいのではないか。逆に、現在、核保有で優位にある自国が、日韓の核の脅威に晒されるからである。
 以上の事を勘案すれば、習近平政権は、ヒラリーよりもトランプの方に期待が持てると考えても不思議ではない。
 ところで、現時点では、トランプ新大統領の周辺には、有能な外交・軍事・安全保障のアドバイザーがいないと言われる。そこで、もしトランプが優秀なアドバイザーを雇えば、(選挙期間中の発言を撤回し)民主党政権の政策を継承して、対中外交を展開する可能性も排除できない。
 いずれにせよ、トランプが2017年1月20日、大統領に就任後、徐々に新大統領の外交・軍事・安全保障政策が明らかにされるのであり、それまでは予断を許さないだろう。