澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -168-
「一国二制度」の形骸化が始まった香港

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政策提言委員・拓殖大学海外事情研究所教授 澁谷 司

 今年(2016年)10月12日、香港立法会議員に当選した「青年新政」に所属する游蕙禎と梁頌恒が、宣誓時、「香港は中国ではない」という横断幕を掲げ、“香港民族”に忠誠を誓ったとして、その宣誓が無効とされた(その他、学者の姚松炎が宣誓無効とされている)。
 この2人に対し、華人を侮辱したとして、300名の学者・教師らが游蕙禎と梁頌恒に謝罪を求めた。ネット上では、游蕙禎罷免を求める7万人以上の署名が集まった。更に、高等法院(高裁)には、游蕙禎の罷免を求める訴訟も起こされている。
 游蕙禎と梁頌恒は政府に対する抗議を行っただけで、如何なる人や民族・文化を侮蔑した覚えはないとして、謝罪を断固拒否した。
 その後、両名の再宣誓を巡り、立法会と律政司(日本の法務省に相当)と高等法院の三者間で、様々なやり取りが続いた。
 結局、翌11月4日、香港政府は同議員ら2 人の扱いに関して、中国全国人民代表大会(全人代=国会)常務委員会に判断を委ねることにした。香港で「一国二制度」の形骸化が始まったのである。
 3日後の同月7日、全人代常務委員会は「香港基本法」を鑑み、「不誠実な宣誓をした場合は直ちに公職の資格を喪失する」との解釈を示した。そのため、游蕙禎と梁頌恒両名の議員失職が確実視されている。
 若い游蕙禎(25歳)と梁頌恒(30歳)の “はやる気持ち”は分からないでもない。だが、議員は有権者から立法会の中での活躍が期待されている。2人は例え不本意であっても、ルールに従って宣誓を行い、立法会で政府と対決姿勢を取った方が良かったかもしれない。
 同月10日、今度は、中国共産党関係者と思しき香港住民が、10月の立法会議員8人による就任宣誓は「誠実さに欠けている」として、“宣誓無効”と“議員資格の取り消し”を求めて香港高等法院(高裁)に司法審査を申し立てた。
 現在、高等法院が、どのような判断を下すのか注目される。もし、同院がこの訴えを認め、議員の宣誓に「誠実さに欠けている」が故に、“議員資格の取り消し”という判断を下すようならば、香港の司法は死んだと言っても過言ではないだろう。
 では、この中国共産党関係者と見られる香港住民の訴訟の狙いは一体何か。
 “行政長官選出方法改正案”などのように重要法案は、立法会(定員70人)の3分の2以上で可決される。
 今年9月の選挙結果、現在の立法会の勢力図は、「建制派」(=「親中派」)が40人、「泛民主派」(=「本土派」・「独立派」)が29人、無所属が1人となっている。
 既述のように、「泛民主派」は既に2人、議員資格停止の公算が大きい。その上、同派の8人が同じ状況になれば、「泛民主派」は19人となる。例え、無所属議員1人を加えても20人にしかならない。
 つまり、60人の議員中、「建制派」が40人、「泛民主派」は多くても20人となり、重要法案が立法会を通過するようになるだろう。
 次期行政長官選挙は、来年2017年3月26日に実施予定である。このままでは、前回2012年同様、「選挙委員会」1200人だけで行政長官を選ぶことになるだろう。
 周知の如く、2014年8月末、全人代常務委員会が、行政長官立候補者の「指名委員会」(「選挙委員会」1200人が横滑り)の推薦人を(150人以上から)600人以上と決定した。
 「指名委員会」の大部分は「親中派」で構成される。従って、「泛民主派」の立候補者は一人も出馬できない。そこで、翌9月から、香港政府に抗議する大規模な「雨傘革命」が起きたことは記憶に新しい(14年12月まで)。
 一方、昨15年6月18日、香港立法会は政府が提出した“行政長官選出方法改正案”を反対28票、賛成8票で否決した。従って、未だ2017年の普通選挙は実現していない。
 ひょっとすると、習近平政権は、面子にかけて、この“行政長官選出方法改正案”を立法会で通過させたいのではないだろうか。
 そのため、中国共産党関係者が(游蕙禎と梁頌恒以外)立法会議員8人の “議員資格の取り消し”を求め、高等法院に司法審査を申し立てた可能性を排除できない。