澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -174-
新疆ウイグル自治区でのパスポート提出義務

.

政策提言委員・アジア太平洋交流学会会長 澁谷 司

 新疆ウイグル自治区は、人口が約2300万人と言われる。その中でウイグル族(大部分がスンニー派のイスラム教徒)はおよそ1100万人と人口の半数近くを占める。次に多いのが漢族で、全体の4割程度と見られる。
 近年、習近平政権下では、ウイグル族に対する締め付けが厳しくなっている。
 例えば、イスラム教徒は、男性の場合、普通、髭を長く生やすが、それを剃るように強制される。女性はヒジャーブを被るのを制限されている。
 18歳以下のウイグル族の若者は、モスクへの出入りを禁じられ、宗教教育を受けることができない。また、多くの学校では、ウイグル語の使用が禁止されている。
 他方、同自治区の約80万人の公務員は、宗教活動が許されていない。
 新疆ウイグル自治区では、信教の自由が殆どないと言っても過言ではないだろう。
 最近、習近平政権は、新疆ウイグル自治区のすべての住民に対し、自らのパスポートを地元の警察署へ預けるよう命じた。『環球時報』によれば、これは「社会秩序維持」のための措置だという。
 そこで、同自治区住民が海外へ行く時には、予め大量の個人情報と旅行の詳細を地元警察へ報告する義務が生じている。そうしないと、パスポートが警察から戻されない。
 また、同自治区住民が帰国したら、パスポートを再び地元警察へ預ける必要がある。これでは、同住民が海外でビジネスをする際、極めて不便だろう。
 元来、このパスポートを当局へ預ける措置は、中国の公務員が(公的にせよ、私的にせよ)海外へ行く、或いは、資産を海外へ移すのを防ぐために開始された。
 所謂「裸官」(家族は既に国外へ移住済みで、1人中国大陸に残った官僚)が高飛びするのを防止する。または、中国高官の海外でのマネーロンダリングを阻止する事が目的だったのである。
 習近平政権が、その措置を新疆ウイグル自治区まで拡大するのは、ウイグル族によるテロを恐れている証である。
 実は、キルギスタン国家安全部門によると、今年(2016年)9月、シリアのウイグル人武装勢力が、中国駐ビシュケク(キルギスタンの首都)大使館への自爆テロを敢行しようとしたという。
 思い起こせば、2013年10月、ウイグル族と見られる親子3人(夫婦とその母親)が、ジープで天安門広場の金水橋欄干に突っ込み、炎上した。
 この自爆テロ事件は、国内で最も警備が厳しい場所での出来事である。中国共産党内に衝撃が走ったに違いない。
 結局、5人(テロの容疑者ら3人と事件に巻き込まれたフィリピンと広東省からの旅行客2人)が死亡し、38人が負傷した。その約1ヶ月後、「東トルキスタン・イスラム党」が“犯行声明”を出している。
 2014年5月、同事件に関わったとして、新疆ウイグル自治区のウイグル族8人が、同自治区ウルムチ市中級人民法院(地裁)に起訴された。翌6月、被告らには、3人が死刑、1人が無期懲役、4人が5年から20年の懲役刑という判決が言い渡されている。
 ちなみに、自爆テロ発生後まもなく、彭勇(新疆ウイグル自治区党委員会常務委員、新疆軍区司令員、党委員会副書記)が罷免され、後継者として、劉雷(新疆軍区政治委員)が同自治区党委員会常務委員を兼任した。
 翌14年4月末、習近平主席が新疆ウイグル自治区を初めて視察した直後、ウルムチ駅で大爆発事件が起きた。自爆した2人を含む計3人が死亡し、79人が負傷している。
 おそらく習主席と敵対する勢力(江沢民系の「上海閥」か) が、主席の同自治区訪問情報をウイグル族に流したのではないかと思われる(中国要人の訪問場所は、原則、機密情報である)。習主席の敵対勢力が自らの手を汚す事なく、主席暗殺を狙った公算が大きい。
 ところで、「イスラム国」(ISIS) へ約300人の中国人が参加しているという。おそらく彼らは、新疆ウイグル自治区出身のウイグル族だろう。ちなみに、「イスラム国」の主なターゲットの一つに、習近平政権が挙げられている。
 一説には、同自治区のウイグル族が中央アジアのウズベクスタンでテロのトレーニングを受け、中国へ戻って自爆テロ事件を起こしているとも伝えられる。