澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -176-
香港で足止めされたシンガポールの装甲車

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政策提言委員・拓殖大学海外事情研究所教授 澁谷 司

 今年(2016年)11月23日、香港税関は、新界地区葵涌の埠頭で、シンガポールの装甲兵員輸送車<テレックスAV-81>9輌(12輌説もある)を差し押さえた。
 コンテナ船に積まれていた装甲車は、台湾での訓練に使われた後、高雄から香港経由でシンガポールへ返送される予定だった(国土の狭いシンガポールは、以前から軍隊は台湾等で軍事訓練を行ってきた経緯がある)。だが、目下、その装甲車が香港で足止めされている。
 この問題を軍事的側面と政治的側面から考えてみよう。
 まず、軍事的側面から見ると、中国解放軍駐香港部隊がこの装甲車テレックスAV-81のデータを入手するのは間違いないだろう。
 AV-81はシンガポール科学技術工程有限公司が開発した高性能の戦車・装甲車である。
 AV-81には、(1) 歩兵戦車型(乗員3人、歩兵8人)と(2) 装甲兵員輸送車型(乗員2人、兵士12人を運べる)の2タイプがある。今回、後者が香港で押収された。
 装甲車は、重さ25トン、全長7メートル、幅2.7メートル、高さ2.1メートル、速さは毎時110キロ、走行距離は800キロである。
 主要装備として、CIS 40 AGL自動擲弾発射器を備えている。グレネードランチャーは、40ミリ×53ミリ、初速242メートル毎秒、毎分350-500発、最大射程距離2200メートルという性能を持つ。
 中国軍は、AV-81の技術に関する詳細情報、およびシンガポールと台湾の軍事機密取得を渇望しているので、今度の一件を最大限に利用するだろう。
 次に、政治的側面から見ると、中国共産党は、シンガポールが台湾と軍事的交流を持つのを懸念している。ただ、過去に、中国共産党がその二国間関係に介入した事があっただろうか。
 同年11月28日、耿爽・中国外交部報道官は、シンガポール側に対し、「一つの中国」という原則を厳守するよう要請した。習近平政権は、できればシンガポールに台湾との関係を断交させたいのではないか。
 北京は、なぜ小国シンガポールと台湾の動きがそれほど気になるのだろうか。習政権が内政・外交に関して、些細な事でも過敏に反応している証左である。
 例えば、香港の「雨傘革命」の英雄、黄之峰(香港公開大学の学生で20歳。「香港衆志」の秘書長)が、今年10月、タイでの講演に呼ばれた。
 ところが、タイ当局は、空港で黄之峰の入国を拒否した。無論、北京が、タイ政府に圧力をかけたからである。結局、習近平政権の思惑通り、黄之峰のチュラーロンコーン大学等での講演は中止された。
 これは、習近平政権がいかに「一国二制度」下の香港の動きに対し、神経を尖らせているかがよくわかるエピソードである。
 さて、ここで話は変わる。我々がかねてから主張しているように、第二次安倍政権は、東シナ海・南シナ海で中国包囲網を敷いている観がある(「J型包囲網」)。
 この対中包囲網は、日本・沖縄・台湾・フィリピン・東マレーシア・インドネシア・シンガポール・西マレーシア・ベトナムを結ぶ。
 周知のように、今年(2016年)5月、台湾は「親中派」の馬英九政権から「親日派」の蔡英文政権へと代わった。
 おそらく安倍首相が目指している「J型包囲網」を形成させるためには、台湾に「親日派」政権誕生が不可欠だったに違いない。
 他方、安倍首相にとっては、シンガポールも重要な戦略拠点である。シンガポールと台湾の密接な関係が望まれよう。
 今まで、シンガポールと中国との関係は良好だった。そこで、リー・シェンロン政権が「中国一辺倒」政策を採っているかと言えば、必ずしもそうではない。リー首相は、日本との関係も重視していると思われる。
 最近、フィリピンのドゥテルテ大統領は、中国と係争中の南シナ海での領土問題を棚上げにして、北京から経済援助を取り付ける事に成功した。
 だからと言って、ドゥテルテ大統領が「親中派」とは言えない。もともと、同大統領は「親日派」であることは疑いもないからである。
 ドゥテルテ大統領は、フィリピンの国益を最大化するため、北京に接近したと見られる。
 同様に、マレーシアのナジブ首相も、北京に歩み寄る姿勢を見せている。このように、ASEAN諸国の立ち位置は微妙である。
 そのため、安倍政権の対中「J型包囲網」の完成は、決して平坦な道のりではないだろう。