澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -178-
トランプ次期大統領と蔡英文総統の電話会談

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政策提言委員・拓殖大学海外事情研究所教授 澁谷 司

 今年(2016年)12月2日、トランプ米次期大統領が、蔡英文台湾総統と電話会談を行った。1979年の米台断交以来、初めての出来事である。
 トランプ次期大統領が蔡総統と電話で話をしたニュースは、世界中を驚かせた。
 当日、早速トランプ次期大統領は、蔡総統から当選祝福の電話をもらったとツイートしている。更に、トランプ次期大統領は、台湾が米国から巨額の武器を買ってくれているのに、なぜ台湾総統と電話してはいけないのか、とツイートした。
 トランプ蔡電話会談の内容については不詳だが、政治・経済・安全保障を話し合った模様である。
 今回の電話会談実現には、トランプ次期大統領と蔡総統の間に橋渡し役がいた。それは、スティーブン・イェーツ(Stephen Yates)氏だと言われる。
 イェーツ氏は、ジョージ・W・ブッシュ時代、ディック・チェイニー副大統領の国家安全保障問題担当副補佐官を務めた人物である。現在は、ヘリテージ財団の研究員となっている。
 実は、イェーツ氏は1987年から89年にかけて、台湾の高雄でキリスト教の宣教師をしていた事がある。従って、台湾の事情にかなり精通していると考えられよう。
 おそらくイェーツ氏が、トランプ次期大統領に台湾の重要性を訴えた結果、トランプ蔡電話会談が実現したのではないか。
 米『ニューヨーク・タイムズ』紙などは、この電話会談を中国への“挑発”と決めつけているが、果たしてそうだろうか。
 トランプ次期大統領は、なかなかしたたかである。
 実際、トランプ蔡電話会談の数時間前、ヘンリー・キッシンジャー元国務長官(元国家安全保障問題担当大統領補佐官)が訪中し、習近平主席と会談をしている。
 周知の如く、キッシンジャー氏は、ニクソン大統領時代、隠密外交を行い、1972年2月のニクソン訪中を成功させている。
 その後、キッシンジャー氏は中国との関係が深くなった。そして、今や、「パンダ・ハッガー」(「親中派」)の代表的な一人と言っても過言ではない。
 トランプ次期大統領がキッシンジャー氏を特使として北京へ派遣したのは、まず間違いないだろう。
 つまりトランプは、中国への配慮を示しつつ、敢えてトランプ蔡電話会談を行ってみせたのである。
 因みに、米『ワシントン・ポスト』紙によれば、トランプ蔡電話会談は、トランプ陣営(政権移行チーム)が長い間準備していたという。
 12月3日、中国側は、王毅外相は、「台湾側の小細工にすぎず、アメリカ政府が長年堅持してきた『1つの中国』政策を変えることはできない」と非難した。
 これに対し、翌4日、トランプ次期大統領は「中国が(米企業の競争が厳しくなる)通貨切り下げや、中国に入る米国製品への重い課税(米国は中国に課税していない)、南シナ海の真ん中での大規模な軍事複合施設の建設を、われわれに了解を求めてきただろうか。そうは思わない」(ロイターの訳)と再びツイートした。
 他方、同日、ペンス次期副大統領は、電話会談は「表敬」で、米国の対中政策の変更を示すものではないとの認識を示した。
 以上のように、トランプ次期政権は、台湾海峡両岸に対し、バランスを取りながら外交を展開している。
 これら一連の米中間の外交は、一種の「出来レース」、或いは「シナリオ通りの芝居」と見る方が良いのではないか。
 さて、民進党政府は、トランプ次期大統領が台湾の事を真剣に考えてくれていると歓迎しているはずである。だからと言って、蔡英文政権は、これを手放しで喜べないだろう。
 何故なら、トランプ次期大統領と同じ共和党のジョージ・W・ブッシュ大統領が、対中外交で苦労しているからである。
 2002年頃、ブッシュ大統領は、「中華民国」(the Republic of China)を故意に間違えて「台湾共和国」(the Republic of Taiwan)と言っていた(おそらく、ブッシュ大統領は台湾がお気に入りだったのである)。
 しかし、「9・11」後、ブッシュ政権は、テロとの戦いにどうしても中国の協力が必要だった。そのため、徐々に、米中の関係が緊密化した。そのため、米台関係はほとんど進展が見られなかったのである。
 このように、米国の世界戦略上、台湾は時に、ワシントンから軽んじられることもある。