澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -179-
街や学校でのマスク着用を禁じた成都市

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政策提言委員・アジア太平洋交流学会会長 澁谷 司

 今年(2016年)12月に入って、中国各地で深刻な大気汚染が生じている。全国で20近くの省市が重篤な状態に陥った。
 まず、全国一、大気汚染が悪化しているのは河北省(製鉄工場等が集中)で、8県市が緊急非常事態警報を発令した。次に悪いのは、北京市(河北省に囲まれているため)と四川省である。
 大気汚染の主な原因は、(1)工場から出る煤煙、(2)(暖を取るため)家庭で燃やす石炭の煙、(3)車の排気ガス等である。特に(1)と(2)は、質の悪い石炭を燃やすために出る(中国は依然、エネルギーの約6割を石炭に頼っている)。
 四川省成都市では、連日、PM2.5が猛威を振るっている。
 今年12月4日、大気汚染のため、成都双流国際空港が10時間あまり、閉鎖された。また、100便以上の飛行機がキャンセルされた。4日後の8日、同空港では飛行機が116便もキャンセルされている。また、成都市から北京や広州、ウルムチ等へ向かう便は軒並み遅延した。
 他方、12月5日、成都市では、PM2.5の数値が、彭州石油化学(後述)近くでは、544μg/㎥(マイクログラム)まで跳ね上がった。
 中国政府はPM2.5に関して1日の平均値75μg/㎥までとの環境基準を定めている(因みに、日米では同35μg/㎥、WHOの指針は25μg/㎥)。同国では、6段階中、最高位が「厳重汚染」(250〜500μg/㎥)である。
 だが、成都市で、544μg/㎥という数値が観測された。中国の環境基準に照らしても7.25倍である。また、「厳重汚染」の範囲を突破している。
 問題は、中国共産党は、明らかに一般庶民の健康よりも、経済成長を優先してきた点にある。そうでなければ、ここまで環境劣化は進まないだろう。
 さて、成都市民は、同市の彭州石油化学(400億元<約6400億円>以上投資されている)を大気汚染の元凶と考えていた。そこで、市民は“散歩”と称して「彭州石油化学は成都から出て行け」という抗議活動を行った(“散歩”という口実でないと当局の取締りが厳しい)。だが、武装警察がその抗議活動を力で押さえ込んだのである。
 実は、2008年5月、彭州石油化学によるパラキシレン(PX)生産に抗議するため、約200人の成都市民がマスクをつけて“散歩”という名のデモを行った。
 更に、その5年後、13年5月、同企業のPX生産に抗議し、再び市民は反対のデモを起こす準備をしていた。ところが、当局は、先手を打って、デモを封じた。
 今回、成都市当局は、近い将来に起きたかもしれない大規模デモ発生を未然に防いだと言えなくもない。
 一方、最近、成都市当局は、市民のマスク着用を禁じた。これは面妖である。成都市民は、大気汚染のよる健康被害を抑えようとしてマスクをする。当然の自己防衛策だろう。
 同時に、もし誰かが大量にマスクを購入したら、公安に通報して欲しいと要請する張り紙が出されたのである(2013年にも似たような張り紙が出た)。
 この市当局の対応はとても正常な感覚とは到底思えない。
 市当局は、市民がマスクを着用しないで、一日にも早く市民に呼吸器系疾患の病気になって死んで欲しいのだろうか(中国では、1年で約160万人が呼吸器系疾患で死亡しているという)。
 おそらく、当局は2008年と13年のマスク着用=(彭州石油化学への)抗議デモという構図のトラウマに囚われているに違いない。
 実際、今年12月12日、成都市民がマスクをしているとして、8人が公安に逮捕された。
 更に、市当局は、学校に対し、(1)校内で学生がマスク着用してはならない、(2)教室で空気清浄機をつけて授業をしてはならない、(3)家長(父兄)に学校内で写真を撮らせてはならない、と通達したのである。
 大人でも、PM2.5の被害を受ける。ましてや、児童や学生らは、深刻な健康被害を受けるだろう。
 以上のように、中国共産党の一連の政策は、普通の人々の暮らしさえも脅かしている。共産党政権維持のために、無理難題を庶民に押し付けている観さえある。
 今後、共産党はPM2.5に象徴される大気汚染に対し、本腰を入れて抜本的改革を行わない限り、その未来はないと言っても過言ではあるまい。