澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -180-
トランプ「一つの中国」政策放棄発言の波紋

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政策提言委員・拓殖大学海外事情研究所教授 澁谷 司

 今年(2016年)12月2日、トランプ蔡英文電話会談が行われた。約10分の短い時間だったが、世界中にショックを与えた。米台断交後、初めて次期米大統領と台湾総統が直接話をしたからである。
 更に、同月11日、ドナルド・トランプ次期大統領は、「フォックス・ニュース」とのインタビューに応え、今度は、歴代政権が堅持してきた「一つの中国」政策という原則には縛られないと述べた。
 この発言は、トランプ氏が来年の大統領就任以降も同じ考えで行動するのか、それとも就任前の単なる“放言”(或いは、台湾への“リップ・サービス”)なのか、現時点では不明である(ひょっとして、トランプ氏は、台湾を対中カードとして利用する考えではないだろうか)。
 トランプ氏が来年1月20日以降、「一つの中国」の原則を受け入れれば、台湾問題で米中関係が悪化することはない。
 けれども、もしトランプ氏が大統領就任後も、本当に「一つの中国」の原則を放棄して、台湾に肩入れすれば、米中間の政治的・軍事的摩擦は必至だろう。
 かねてから我々が主張しているように、元来「一つの中国」はフィクション(虚構)に過ぎないのである。中国共産党は今まで台湾島を1日たりとも統治したことがない(小虚構)。他方、1949年以降、国民党は中国大陸を統治していない(大虚構)。
 世界中の誰もが、中国と台湾は「一つの中国」だとは思っていないだろう。(かつてならば「二つの中国」、)現在では「一つの中国、一つの台湾」としか見えないはずである。「一つの中国」は、およそ実態とはかけ離れた“幻想”と言えよう。
 不思議なことに、中国共産党、および一部の国民党だけが台湾海峡両岸が「一つの中国」に見えるようである。
 今まで、世界の大多数の国々が、中国共産党や国民党の「一つの中国」のフィクションにお付き合いしてきた。
 なぜ多くの国々が「一つの中国」の原則という“幻想”を認めてきたのか。それは、かつては国民党、今は中国共産党と事を構えたり、荒立たせたりするのが面倒だったからではないか。
 周知の如く、今年1月、台湾では「第3次政権交代」が起こり、もはや国民党が、今後、政権に返り咲くことは困難である。
 現在、台湾の与党、民進党は、そもそも「一つの中国」は認めていない。
 実は、1992年、国共が香港で接した際、両党が「一中各表」を口頭で確認したという(「92年コンセンサス」)。
 即ち、国共はお互い「一つの中国」という原則を堅持するが、その「中国」とは、各々、中華民国、或いは中華人民共和国と考える。
 ところが、国共は肝心な外交文書を残していない。そのため、本当に両党による「92年コンセンサス」があったかどうかは不詳である。後から、両党が“でっちあげた”可能性も排除できない。
 閑話休題。トランプ新大統領が「一つの中国」政策を放棄し、実態に近い「一つの中国、一つの台湾」へ政策転換すれば、それ相応の覚悟が必要となるだろう。北京が激怒することは目に見えているからである。場合によっては、東アジアのバランスが一挙に崩れる恐れもある。
 本来、「一つの中国」など、所詮“幻想”に過ぎない。従って、トランプ新政権が、中国共産党の「一つの中国」にお付き合いした方がどれほど楽だろうか。
 勿論、台湾側としては、トランプ発言は大歓迎である。今まで、台湾は散々国際社会から除け者にされてきた。そこで、現在、台湾は朝野をあげて、トランプ発言を支持している(ただ、国民党の一部はその限りではない)。
 けれども、台湾政府も台湾住民も浮かれてばかりはいられないだろう。トランプ新政権が「一つの中国」政策を放棄すれば、海峡両岸情勢は、政治的にも軍事的にも不安定となるに違いない。
 目下、中国経済は低迷し、習近平政権は呻吟している。そうでなくても、東シナ海・南シナ海への中国軍の“膨張”は、我が国を含め関係諸国にとって悩ましい問題となっている。
 近い将来、習近平政権は台湾に対し、冒険主義的に軍事行動を起こさないとも限らないだろう。