澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -182-
国内5つの敵対勢力に立ち向かう習近平政権

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政策提言委員・アジア太平洋交流学会会長 澁谷 司

 既に旧聞に属するが、現在、中国共産党にとって、「新黒5類」(人権派弁護士・非公認宗教者・反体制派・人気ネットユーザー・弱者層。同党は、米国が彼らを支援していると考えている)が脅威だという。
 もう少し具体的に言えば(1)庶民の権利を守る人権派弁護士、(2)法輪功修練者のような非公認宗教者、(3)中国共産党と意見が異なる反体制派人士、(4)人気のあるネットユーザー(ブロガー)、(5)弱者層、例えば「蟻族」「鼠族」等を指す。
 元来、これは2012年7月31日付『人民日報(海外版)』に掲載された論文(袁鵬・中国現代国際関係研究院米国研究所所長)による指摘である。その中で、袁鵬は、現在、中国は海外からの脅威よりも、国内の「新黒5類」からの脅威の方が重大であると主張した。
 実は、「文化大革命」時、「黒5類」(旧地主・旧富農・反革命分子・悪質分子・右派分子)が“悪い出身階層”として徹底的に叩かれた(一方、「紅5類」とは革命幹部、革命烈士、軍人、労働者、農民を指し、“良い出身階層”とされた)。
 この論文は、習近平政権誕生前に書かれた。しかし、習主席は袁鵬の警鐘を踏まえ、「新黒5類」への弾圧を着実に実行している。
 (1)の人権派弁護士は、「08憲章」を起草した劉暁波(ノーベル平和賞受賞。現在、服役中)とは違って、決して急進的な体制の変革を求めているわけではない。彼らは、少しでも庶民の権利を守ろうとしているだけである。
 ところが、習近平政権は、2015年7月9日、人権派弁護士ら約300人に対し、大弾圧を行なった。今以って、彼らの安否が分からない。刑務所に入れられているのだろうか。それとも、既に死亡しているのだろうか。
 (2)の非公認宗教者の代表は、法輪功修練者だろう。
 1999年4月、法輪功修練者らが天安門広場に集まり、静かに鎮座して仲間の逮捕に対する抗議を行った。その際、江沢民政権は胆を冷やしている。
 法輪功は、1990年代半ば、吉林省出身の李洪志(現在、米国在住)が始めた。法輪功修練者の数は、中国国内だけで5000万人とも1億人ともいう。中国共産党内にも、相当数の法輪功修練者がいると言われる。
 法輪功による天安門での抗議後、まもなく江政権は「610弁公室」を創設し、徹底して法輪功の弾圧を開始した。この「610弁公室」は旧東ドイツのゲシュタポを真似た秘密警察だった。法輪功修練者に対しては、裁判手続きの必要なく処刑できる。そして、同弁公室は生きたまま法輪功修練者の臓器を取り出しているという。
 他方、習近平政権成立以来、中国共産党に公認されているはずのキリスト教会も弾圧の対象になった。当局によって、一部の教会が取り壊されている。
 (3)の反体制派人士は、以前から弾圧の対象になっていた。しかし、習近平政権が誕生してから、更に苛酷になったことは想像に難くないだろう。
 (4)の人気ネットユーザー(ブロガー)の代表は、「太子党」のビジネスマン、任志強(華遠地産股份有限公司会長)ではないか。
 歯に衣きせぬ任志強は、フォローワーが3700万人もいた。任の痛烈な党批判は「任大砲」と呼ばれ、中国国内ではカリスマ的存在だった。
 今年(2016)年2月19日、習近平主席が官製メディアの「中央電視台」(CCTV)等へ訪問した際、「中央電視台」は党(正確には習主席)に“絶対的忠誠”を尽くすと公言した。 
 それに対し、早速、任志強は「人民政府はいつから党政府に変わったのか?(人民政府が)使っているカネは党費なのか?」と疑問を呈した。
 そのため、任志強のアカウントは即座に閉鎖され、任は観察処分となった(任はたまたま習近平の盟友、王岐山の弟子だったので、処分が軽くてすんだ)。
 (5)弱者層である「蟻族」は、大卒という高学歴にもかかわらず、良い就職に恵まれていない。そのため、アルバイトをしながら、狭いアパートで共同生活をしている。ただ、彼らも、ちゃんとした就職口を見つけたり、結婚したりすれば、その状態から抜け出す。
 「蟻族」よりも、もっと悲惨なのは「鼠族」だろう。さらに家賃の安い、陽の当たらない地下に暮らしている。
 「蟻族」や「鼠族」は、知識が豊富で権利意識が強いので、中国共産党としては侮れない存在である。
 今後も、習近平政権は、「新黒5類」への警戒を強化し、必要な時には弾圧していくに違いない。やはり、習主席は「第2文革」、或いは「文化小革命」を遂行していると言えよう。