澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -183-
米国へ投資した曹徳旺を非難する中国共産党

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政策提言委員・アジア太平洋交流学会会長 澁谷 司

 周知のように、昨2015年、シャープ、ダイキン、ユニクロ、TDKなど日系企業が中国から撤退を始めた。
 今年(2016年)も、外国企業が中国から相次いで撤退している。世界的電機メーカーのフィリップス(オランダ)、世界的下着メーカーのトリンプ(ドイツ。本社はスイス)、米国のゴールドマン・サックス、日本のソニーなどである。
 中国では、今年1月から11月までの固定資産投資は前年比3.1%増だが、昨15年の3分の1まで減少した。逆に、中国から米国への投資が急激に増加している。
 今年12月17日、米中関係全国委員会(NCUSCR)と米国海外投資コンサルタント会社のロディウムグループが発表した報告によれば、昨15年の中国の対米直接投資が150億ドル(約1兆6500億円)を超え、初めて米国の対中直接投資を上回った。
 今年は中国からの対米直接投資が更に増加し、250〜300億ドル(約2兆7500〜3兆3000億円)に達すると予想されている。
 これは、一体、何を意味するのか。一言でいえば、米国企業は、中国に魅力を感じなくなったのである。そのため、米国企業による中国への投資意欲が減退した。中国企業さえ、国内に投資するよりも米国へ投資するようになっている。
 これでは、中国国内で産業の「空洞化」が起きるのは必至だろう。
 さて、昨15年9月、新華社傘下のシンクタンク瞭望智庫が「李嘉誠を逃がすな」という一文を発表した。
 その内容の概略は「現在、中国大陸は経済危機の微妙な時期にある。そんな時、李嘉誠(香港最大の企業集団・長江実業グループ創設者兼会長)は、中国大陸はおろか、香港からさえも去って行くとは信義にもとる。李嘉誠は今こそ中国に尽くすべきだ」と主張した。
 言うまでもなく、李嘉誠(88歳)は香港で大成功を収め、その後、中国大陸へ進出した中華経済圏の大立者である。
 李嘉誠は、中国大陸に見切りをつけたばかりか、香港の株も全て処分した。そして、李は自分の資産を英国へと移している。
 実は、最近、中国では、民間企業家の曹徳旺(70歳)による米国への巨額投資が問題視され始めた。
 曹徳旺は、もともと福建省福州福清市出身の企業家である。曹は、福耀硝子工業集団の董事長(理事長)で自動車ガラスでは世界第2位のシェア(第1位は旭硝子)を誇る。また、今までに60億元(約900億円)を寄付した「チャリティー王」として名を馳せていた。
 今から数ヶ月前、曹徳旺は、約6億米ドル(約660億円)を投じて、米国オハイオ州に工場を設立した。その前に、曹はイリノイ州やミシガン州にも投資している。
 結局、曹徳旺は、総額10億米ドル(約1100億円)も米国へ投資した(ちなみに、1994年、曹は米永久居住権である「グリーンカード」を取得している)。
 中国共産党は、この民間企業家に対し(「李嘉誠を逃がすな」と同様の)「曹徳旺を逃がすな」キャンペーンを仕掛けた。習近平政権は、自国民間企業までが海外へ逃げて行くという焦りがあるに違いない。
 曹徳旺によれば、中国国内で製品を生産すると、米国と比べ、35%も税負担が重いという。確かに、人件費については、米国と比較して中国の方が安い。しかし、それ以外、中国では、(税金を含め)土地代、電力、ガス税金等が米国よりもずっと高い。
 また、中国政府は、国有企業に対しては手厚く保護をするけれども、民間企業を軽視する傾向にあるという。
 曹徳旺は、経済合理性から米国への投資を選んだのである。中国共産党は、それを偏狭な“愛国心”で国内に押しとどめようとするのは、いささか行き過ぎではないか(皮肉にも、李嘉誠が中国大陸や香港から資金を引き揚げた際、曹は李に対し、「中国人ならば、中国人らしく振る舞え」と指弾している)。
 翻って、中国共産党幹部はどのような行動を取っているのか。
 彼らの大部分は、自分の子弟を海外へ留学させ、現地の国籍や永住権を取らせる。将来、自らが移民となる際、有利だからである。
 同時に、多くの共産党幹部は、チャイナマネーを国外に流出させ、海外で不動産を買い漁っている。
 彼らは、一旦緩急あれば、すぐに海外へ逃げ出すつもりだろう。
 それにもかかわらず、中国共産党は、民間企業家に対し「外国への投資はけしからん、国内へ投資せよ」と命じるのはいかがなものか。
 習近平政権は、今こそ国有企業(一部は「ゾンビ企業」)よりも、曹徳旺の福耀硝子のような優良民間企業をもっと大切にする必要があるではないだろうか。