トランプ氏、メイ首相に欠ける「グローバリズム」観
―自由貿易体制を守るのは貿易協定方式しかない―

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会長・政治評論家 屋山太郎

 トランプ米新大統領が公約通りTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)からの脱退に加えて、NAFTA(北米自由貿易協定)についての再交渉を求めると発表した。一方イギリスのメイ首相はEUからの完全離脱を表明した。この米英の姿勢はグローバル化の反動とも言われているが、世界経済全体に計り知れない衝撃を与えるだろう。
 トランプ氏は貿易協定というやり方が、米国にとって不利に働くとみているようだ。70年代にデトロイトの自動車工場が軒並み倒産した際、労働者が日本の自動車をハンマーで叩き潰す場面がしばしば報道された。トランプ氏はその失われた工場を「アメリカに返せ」と言っている。その第一着手が貿易協定からの脱退、改定だと言っているようだ。
 貿易協定を作ろうとGATT(後のWTO=世界貿易機構)が設置されたのが1947年。戦争直後に大戦の原因となった貿易摩擦や保護貿易、ブロック経済が再発生しない決め手として考えられたのである。敗戦国日本も55年に加入を認められ、高度成長にひた走る原動力になった。WTOの原理の下で各地域に適した協定が発効し、途上国の発展にも寄与した。今のところ自由貿易体制を守る仕組みは貿易協定方式しかないと思っていたが、トランプ氏は「オレは損しているから抜けた」と言う。
 「もっといい方法がある」というなら分かるが、新方式が出てくる気配がない。となるとトランプ氏の頭の中ではデトロイトの日本車叩きの映像が残っているのかも知れない。各国政府や企業に対して米国が「お前のところは輸出しすぎだから、輸入品に35%の関税をかける」などと個別折衝をすることになるのか。安倍首相も同様の思いでいるようで23日の国会では米国の経済政策について「なるべく早く会って真意を確かめたい」と述べていた。
 製造業を復活させて街を賑やかにしたいというのはどこの政治家でも夢見るが、製造業が50年前の姿に戻ることはあり得ないだろう。自動車は今や1ヵ所で作られている訳ではない。
 3・11の東北大震災の時、世界の自動車生産が2~3ヶ月止まったことがある。自動車は部品ごとに生産国も生産地も異なり、日本は自動車で最も利益率の高い部品工場だけを東北地方の山岳地帯に残していた。その工場への通路が断絶されたため、全世界に点在している組立工場がストップしたのだという。
 メイ英首相はEUから“完全離脱”の方針を打ち出した。日産自動車が英国に自動車生産工場を立地したのは、そこで造った車は無税でEU27ヵ国に輸出できるからだ。車を含めて英国の輸出の4割はEU向けである。これに関税がかかるようになれば英経済への打撃は図り知れない。それを承知で完全離脱というのは勝算あってのことなのか。
 工場が国内にあれば100点、無ければ0点の時代は終わっている。工場はなくても指揮や開発を担当しているとか、金融を握っていても国は成り立つ。グローバリズムというのは全体で調和させればいいということではないか。
(平成29年1月25日付静岡新聞『論題』より転載)