澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -207-
中国民間機を故意に狙った北のロケット砲

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政策提言委員・拓殖大学海外事情研究所教授 澁谷 司

 現在、北朝鮮の行動が世界の注目を浴びている(金正恩委員長が世界の耳目を集めるように振舞っているせいかもしれない)。
 今年(2017年)2月13日、マレーシアのクアラルンプール空港で、金正男(金委員長の異母兄弟)が北朝鮮工作員らに殺害された。正男の息子、金韓松(キム・ハンソル)も北から命を狙われ、米国・中国・オランダ各政府の他、台湾政府からも亡命の支援を受けたという。
 さて、今月(3月)7日、北朝鮮国営の朝鮮中央通信は、金正恩委員長の立ち会いの下「在日米軍を攻撃する弾道ミサイル4発を同時に発射する訓練が実施され成功した」と報じた。
 前日の6日、北朝鮮は、同国北西部から日本海に向けてミサイルを発射したのである。
 また、同通信は、北は「合同軍事演習を強行して朝鮮半島の平和と安定を破壊する敵に報復する」とし、ミサイル発射は米韓合同軍事演習への対抗措置であることを強調した。
 韓国軍は、ミサイルに関して射程1000キロの「スカッドER型」との見方を示している。他方、米NBC放送は、ペンタゴン筋情報として、今回北朝鮮が発射したのは5発で、うち1発が失敗だったと伝えた。
 安倍政権は、北のミサイル発射は、我が国の安全への脅威(3基が日本のEEZ内に落下)だとして、警戒を強化する方針である。
 だが、その件ばかりに目を奪われていると、東アジアの複雑な政治情勢を見失うだろう。
 日本のメディアはあまり報道していないが、その2日前、北朝鮮は中国民間機へ向けてロケット砲を発射している。これは、その翌日、韓国国防部報道官の金珉奭が記者会見で明らかにした。この事実も、しっかり押さえておくべきではないか。
 3月4日、北朝鮮は朝鮮半島東部海域に、午前と午後の2度に分けて合計7基のロケット砲を発射している。
 当日午前6時頃、北朝鮮東南部江原道元山付近から、240ミリ旧型ロケット砲(射程55キロ)を半島東部方向へ発射した。
 また、午後4時17分、今度は江原道元山虎島半島から、300ミリの新型ロケット砲(射程150キロ余り)を朝鮮半島東北方向海域へ発射している。
 ところが、その際、北朝鮮はロケット砲を発射するという航行禁止警報を事前に出していなかった。
 実は、当日午後4時24分に、成田発瀋陽行きの中国南方航空機(CZ628)がロケット砲の飛行軌道を通過している。同機は西北方向へ飛行中で、乗員乗客を併せて220人余りが乗っていた。
 数分の差でロケット砲と飛行機が同一地点で交差していたのである。万が一、何らかの理由で、同機が予定よりも同地点に数分早く到達していれば、同機にロケット砲が命中していたかもしれない。
 北朝鮮が民間機に向け、航行警報無しでロケット砲を発射するのは、中朝関係を更に悪化させる危険な行為である。
 金珉奭報道官は、「北朝鮮の挑発行為は、国際航行の秩序に違反し、一般人の安全への脅威である」として、韓国は北朝鮮に対し国連安保理決議を履行し、民間機の安全への挑発行為をやめ、国際ルールを遵守するよう呼びかけた。
 同月8日、王毅中国外相が、北朝鮮の弾道ミサイル発射について、「国際社会の反対を顧みず、執拗に開発を進めている」と批判した。だが、習近平政権は、未だ中国民間機が北のロケット砲のターゲットになった事には言及していない。何故沈黙しているか不思議である。
 中国では、3月3日に第12回全国人民政治協商会議が開幕した。そして、同月5日に第12回全国人民代表会議(全人代)が開幕している。北朝鮮は、その政治協商会議と全人代開幕の間の日を狙ったと考えられよう。
 今度のロケット砲発射は、金正恩委員長本人が自ら北京に脅しをかけたのか、それとも、北と関係の深い「上海閥」(江沢民系)が習近平政権に揺さぶりをかけるために、金委員長を使って習政権を脅したのか、定かではない。
 現在、中国共産党は、今秋の同党第19回全国人民代表大会(19大)での人事を巡り、党内で激烈な派閥争いが続いている。
 その党内闘争は、中国大陸ばかりではなく、「一国二制度」下の香港でも行われている。ひょっとすると、中国共産党は、北朝鮮をも利用して党内闘争が繰り広げられている可能性も排除できない。