澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -211-
ティラーソン国務長官の日中韓訪問と北朝鮮

.

政策提言委員・拓殖大学海外事情研究所教授 澁谷 司

 今年(2017年)3月15日、米トランプ政権の要、レックス・ティラーソン国務長官が初来日した。
 翌16日、ティラーソン長官は、岸田外務大臣と安倍首相と会談している。中心テーマは北朝鮮の核・ミサイル開発問題だった。トランプ政権は、前オバマ政権の「戦略的忍耐」転換を打ち出した。
 次の日(17日)、ティラーソン長官は韓国を訪問した。早速、同長官は、北朝鮮との軍事境界線にある非武装地帯(DMZ)を視察している。
 そのちょうど1週間前、韓国の憲法裁判所は、朴槿恵大統領の罷免を決定した(同国は現在、5月9日の大統領選挙モードに突入している)。そこで、ティラーソン国務長官は、尹炳世(ユン・ビョンセ)外相や黄教安(ファン・ギョアン)大統領権限代行国務総理と会談を行った。
 韓国の『東亜日報』は、ティラーソン長官が「北朝鮮の核は差し迫った脅威であるため、(北朝鮮の核)状況の展開によって米国は韓国と日本の核武装の容認を考慮しなければならないかもしれない」と述べたと伝えている。
 更に同月18日、ティラーソン長官は訪中し、王毅外相と会談した。翌19日、同長官は習近平主席と会談し、米中は「衝突せず、対抗せず、互いに尊重し、ウィンウィンの協力」関係を構築したいとの意向を示した。
 同会談の中で、ティラーソン長官は、来月(4月)習近平主席の訪米を要請している。
 ところで、ティラーソン・習近平会談が行われる数時間前に、北朝鮮が東倉里のミサイル発射施設で、長距離弾道ミサイル用新型高出力エンジンの燃焼実験を行い、成功したと伝えられた。
 明らかに、金正恩委員長はティラーソン・習近平会談を不快に思っている。だから、故意にエンジン燃焼実験を強行したのではないか。
 問題は、金委員長主導で行ったのか、それとも旧瀋陽軍区(現、北京戦区)が金正恩をそそのかして、エンジン燃焼実験を行ったのかは不明である。
 いくらトランプ政権が、習近平政権に圧力をかけて、北朝鮮の核・ミサイル開発をストップさせようとしても、「上海閥」が金正恩政権を支援し続ける限り、それを止めさせる事は難しいだろう。
 或いは、金正恩委員長が「上海閥」の意向とは無関係に“暴走”していれば、北京政府(「太子党」)の言うことに耳を傾けることはあるまい。
 仮に、北朝鮮の核弾頭を搭載した大陸間弾道ミサイルが、ワシントンを直撃できるようになれば、米国は北に「先制攻撃」するオプションが現実味を帯びてくる。トランプ政権としても、これ以上、北の挑発を座視できないだろう。
 しかしながら、米国による北朝鮮への攻撃は決して容易ではない(理想は、金王朝内での宮廷クーデターによる金正恩委員長の退陣である)。
 第1に、平壌は韓国のソウルに近い(約200キロ余り)。そのため、米国による平壌への攻撃は、ソウルを危機に晒す。たとえ、韓国がTHAAD(終末高高度防衛ミサイル)を配備しても、一旦米朝間で戦闘が始まれば、ソウルが火の海になる可能性がある。また、在日米軍基地もターゲットになる危険性を孕む。
 第2に、北朝鮮が普通の独立国家ならば、米国は攻撃しやすい。だが、基本的に北は中国の“衛星国”である。習近平政権がどんなに金正恩体制を嫌っていても、米朝戦争に武力介入する可能性を排除できない。
 金王朝が崩壊した暁には、必ずや大量の難民が中国遼寧省、吉林省へ流出する。これは習近平政権にとっては“悪夢”である。
 また北朝鮮は、依然、在韓米軍に対するバッファーゾーン(緩衝国)の役割を担っている。将来、中国にとっては、在韓米軍が存在する韓国主導の「統一コリア」が鴨緑江を挟んで、対峙するという構図も“悪夢”に違いない。
 当然、習近平政権は、トランプ政権が北朝鮮に対して武力行使するのを思い止まるよう、説得を試みるのではないか。
 但し、トランプ大統領は「アメリカ第一主義」を掲げながらも、対外的強硬姿勢が目立つ。米軍の軍事費増額は、海外での武力行使を前提としているはずである。そのターゲットの一つが、北朝鮮に他ならない。
 翻って、我が国はどうだろうか。1990年代以降、金正日と金正恩父子が、所謂「瀬戸際政策」を採ってきたので、日本は北の脅威に慣れ切ってしまっている。
 漸く自民党は、今月(3月)中に「敵基地攻撃能力」保有の検討を政府に提言するという。これは、米国の北朝鮮への攻撃を踏まえての事だと思われる。同党の提言は、憲法9条の問題が絡むので微妙な問題である。だが、我が国の存亡に関わる重大事なので、是非、議論の活発化を望みたい。