澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -213-
中国共産党による「習近平思想」の創出

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政策提言委員・アジア太平洋交流学会会長 澁谷 司

 今年(2017年)3月23日、香港『明報』紙が、今秋の中国共産党第19回全国代表大会(「19大」)で、共産党は党規約に「習近平思想」を入れると伝えた。中国共産党が、習主席の“神格化”を意図していることは明白だろう。
 1949年、共産党が中国大陸で政権を樹立して以来、今日に至るまで、中国で思想と言えば「毛沢東思想」と決まっていた。
 毛沢東には、しっかりした思想があったし、実績もカリスマ性もあった。毛沢東は「革命理論」―「農村から都市を包囲する」―で、中国革命を成功に導いた。また、(結果的に良かったのか悪かったのか評価は別にして)毛沢東は建国以来、国内の社会主義・共産主義の貫徹試みた。
 他方、「改革・開放」を提唱し、中国を大きく変えた鄧小平でさえ「鄧小平理論」はあっても「鄧小平思想」を持たなかった。
 リアリストの鄧小平が「大躍進」後の「経済調整期」に、「白猫でも黒猫でもネズミを捕るのは良い猫だ」との「白猫黒猫論」を展開したのは有名である。また、鄧小平は「先富論」―先に豊かになれる人や地域から豊かになり、その影響で他の者や地域が豊かになればよい(一種の「トリクルダウン理論」)―を唱えた。
 率直に言って、習近平主席は、実績もカリスマ性も理論も持つとは考えにくい。
 けれども、中国共産党は「習近平思想」という言葉を党規約に加えるというのだから噴飯ものである。習主席には、一体どのような思想があるというだろうか。
 しいて挙げれば、習近平主席が「中国の夢」(=偉大なる中華民族の復興)及び「2つの100年」(=中国共産党結党100周年と中華人民共和国建国100周年)を唱えたぐらいだろう。これらはとても思想とは言い難い。
 習主席の周りにいる“茶坊主”たちが忖度して「習近平思想」を創造したのか、或いは、習主席自らがそれを望んだのかは定かではない。
 そもそも習近平主席は、就任以来、何か華々しい業績があるだろうか。ごく簡単に検証してみたい。
 政治的には、「太子党」の習主席は盟友の王岐山を使って「反腐敗運動」を展開し、自分の政敵(江沢民系の「上海閥」と胡錦濤系の「共青団」)の勢力を削ごうとしている。
 だが、習主席は、国内の自由化・民主化に対し“締め付け”を厳しくしている。弁護士を弾圧し、マスメディアに対する言論統制を行い、ネットの規制を強化した。
 経済的には、習主席は、李克強首相の専権事項である経済政策にも深く関与している。
 中国の経済状況が2008年の「リーマン・ショック」時よりも悪いのに、景気対策を打ち出せない(既に北京政府の財政赤字が大きいからではないか)。
 国有企業改革を推し進める必要があるにもかかわらず、「ゾンビ企業」を整理できない。それらが倒産すれば、たちまち社会不安が増大するからである。
 本来、国有企業を民営化すべきなのに、逆に国有企業の強大化を目指している。
 また、習主席は金融緩和政策をとり、人民元をどんどん刷って、市場に流している。そのため、人民元の対ドルレートは下がる一方である(但し、中国製品を輸出する際には、元安の方が良い)。だが、同時に、最近は外貨準備高も3兆米ドルを切っている。
 習近平政権の「一帯一路」政策も、決して上手くいっていない。海外での高速鉄道の売り込みも今ひとつである。また、中国側が高速鉄道建設を放棄した国もある(例:ベネズエラやインドネシア)。
 経済成長だけが、中国共産党の唯一のレゾン・デートル(存在理由)にもかかわらず、景気浮揚が難しい。
 軍事的に習近平主席は、2015年9月に北京で「抗日戦勝70周年式典」を行った。しかし、当時は国民党が中心になって抗日を行ったのであり、共産党は補助的役割しか果たしていない。このイベントの意味は不明である。
 2016年2月、習近平主席は7大軍区を5大戦区に編成変えした。これは「上海閥」の影響を弱め、自らの権力を強固にするためだろう。
 外交的には、2016年7月、国際仲裁裁判所は、南シナ海での中国の主権を認めない判決を下した。そのため中国は面子を失っている。
 北朝鮮の核・ミサイル開発に関しても、習近平主席は大してリーダーシップを発揮できていない。また、習主席は香港で党内の権力闘争を行っている。そのため、香港の「1国家2制度」が形骸化された。
 以上を総合的に考えれば、習主席の業績は「反腐敗運動」の推進で中国社会での汚職が減ったくらいで、あとは殆ど見当たらない。それでも、共産党は「習近平思想」を党規約に入れるつもりなのだろうか。面妖である。