澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -214-
母親を侮辱された息子による取立屋殺害事件

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政策提言委員・拓殖大学海外事情研究所教授 澁谷 司

 昨2016年4月14日、山東省で悲惨な事件が発生している。
 中小企業の貿易会社(山東源大工貿有限公司。2009年創立。主に車のブレーキパッドを生産)社長・蘇銀霞(女性)は会社の資金繰りに困り、2015年7月と11月、高利貸(不動産会社の社長・呉学占)に2回に分けて100万元(約1500万円)と35万元(約525万円)を借りた。
 月10%という金利なので、たちまち元金と利息の支払い合計184万元(約2700万円)となった。当時、依然、蘇銀霞の借金は17万元(約255万円)足りなかったという(因みに、蘇銀霞の持っている不動産の価格は70万元<約1050万円>だった)。
 事件当日午後4時頃、取立屋11人が蘇銀霞の会社へやって来た。そして、彼らは会社の門前でバーベキューをするため、グリル・木炭・串に刺した肉・つまみ・ビール等を持ち込み、飲酒を始めたのである。これは取立屋が借金を催促する時の常套手段という。
 取立屋らは蘇とその息子、于歓(22歳)を1時間も監禁した(6時間説もある)。彼らは蘇を罵倒し、蘇の顔を殴ったり、靴を脱がせてそれを蘇の口の中へ押し込んだりした。更に、取立屋の1人、杜志浩(呉学占が関わるマフィアの構成員)はズボンを脱ぎ、下半身を露出させた。そして、蘇銀霞を凌辱しようとしたのである。
 堪りかねた息子の于歓は、接待室の果物用ナイフ(来客用の果物を切るためテーブルに置いてあった)で杜志浩を殺害し、3人を負傷させた(2人重傷で、1人は軽傷)。
 さて、時事評論家の江楓が『東網』上で、以下の点を鋭く指摘した。
 第1に、現在中国では、金銭貸借利子は年率24%までと定められている。ただ民間の場合、年率24%〜36%がグレーゾーンとなっている。しかし、年率36%以上は確実に違法である。
 月10%の利息の場合、単利で年120%の利息となるだろう(複利ならば、半年で元本合計177万元余りとなる)。明らかに違法な貸付だった。警察がこの違法営業を取り締まらないのはおかしい。
 第2に、実は同公司の現場には一時、警察がいた。だが警官は「返済を求めるのは構わないが、暴力はいかん」と言って、会社を後にしている。
 結局、警察は母子が取立屋に痛めつけられているのに、何もしなかった。警察が取立屋(バックにマフィアが控えている)とつるんでいる公算が大きい。
 第3に、この事件で、息子の于歓の行為が「正当防衛」に当たるか否かである。今回、于歓が自らや母親の身に緊急性のある危険を回避するため「正当防衛」的な非常手段を採ったとも考えられよう。この場合には、無罪となる可能性もある。
 もともと、山東省は孔子が出現した地方である。儒家思想から言えば、親孝行こそ、1番の徳目だろう。母親が辱めを受けているのだから、身を投げ捨ててでも、母親を助けなければならない。反対に、母親が辱めを受けているのに、何もせず助けなければ、親不孝者と謗られるだろう。もし、前近代ならば、于歓は(人を殺害したとしても)大変立派だと賞賛されたに違いない。
 2016年11月21日、于歓は傷害罪で起訴された。
 そして、今年(2017年)2月17日、山東省聊城市中級人民法院(地裁)での一審判決で、于歓は殺人罪で無期懲役が言い渡されている。法院は蘇銀霞・于歓母子の生命に対する緊急性はなかったと判断した。
 だが、中国で著名な学者である、厦門大学教授の易中天は微博(中国版ツイッター)で、于歓は母親を辱めた人間を殺したので、「正当防衛」で無罪だと主張している。
 この事件は、今年3月23日に『南方周(週)末』が報道したので、広く知られるようになった。
 ネット世論は、于歓に対する同情の声が圧倒的に多い。そして大部分の人達が地裁の判決はおかしいと思っている。一方、中国共産党としては、ネット世論を無視しても、早くこの事件に終止符を打ちたいというのが本音ではないか。
 但し、いくら習近平政権がネットの規制を厳しくしても、ネット世論は必ずしも共産党の思惑通りにはならないだろう。