澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -224-
中国の人気ドラマ『人民的名義』(下)

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政策提言委員・アジア太平洋交流学会会長 澁谷 司

 中国の人気ドラマ『人民的名義』(仮訳『人民の名にかけて』。全52話)は、最高人民検察院及び漢東省(架空の省名)検察院が中心となり、法に基づき、腐敗官僚等を摘発するストーリーである。
 しかし、現実の習近平政権下では、中央紀律検査委員会(特に、王岐山書記)が中心になって、「双規」(共産党のルール)で腐敗官僚を摘発している。その後、法によって裁かれる(つまり、法よりも共産党のルールが上位となる)。従って、このドラマは、取り分け中央紀律検査委員会にとって不満かも知れない。
 さて、『人民的名義』には、いくつかのキーワードが登場する。
 まず、第1に、「権銭交易」(「官商結合」)である。権力を持つ共産党幹部とやり手のビジネスマンが手を組み、大きなプロジェクトを成功させる。その際、ビジネスマンから共産党幹部へ巨額の賄賂が贈られる。
 党幹部には「濡れ手に粟」のウマい話だろう。他方、ビジネスマンにとっては、党幹部の後ろ盾がないとビジネスがスムーズに運ばない。だから、党幹部らの政治力を求める。
 第2に、「政治資源」である。一般的に、ある人間が出世するためには、「バックに控えた大物の政治家」の存在が必要となる。それを現代中国では「政治資源」と呼ぶ。
 例えば、大学教授だった高育良(漢東省委員会副書記、漢東省政法委員会書記)は、梁群峰(元漢東省委員会副書記、漢東省政法委委員会書記)の引きで、政界へ転じた。また、祁同偉(漢東省公安庁庁長)は、その梁群峰の娘、梁璐と結婚している(当時、梁璐は祁同偉よりも10歳年上だった)。
 第3に、中国には「幇」が存在する。ドラマの中で高育良は「漢東大学政法系」閥、所謂「幇」を作り上げていた。中国人は屡々、恩義か法律(原則)の間で苦しむ。「人情社会」では、法律よりも、恩義が優先されることすらある。高育良は恩義を優先し、侯亮平は法律を優先した。そのため、師弟が激しく衝突したのである。
 実は、作者や脚本家は、俳優らに以下を語らせている。
 まず、「昔は、人々は政府が悪い事をするなんて信じていなかった。ところが今では、政府が良い事をするなんて信じていない。」
 次に、「現在、一部の党幹部の資質は、一般人民と比べて劣化している。」
 これらは、中国共産党への痛烈な批判だろう。
 ドラマの中では、蔡成功(捕まったビジネスマン)は「包子」という渾名だった。かつて「太子党」の習近平主席が庶民のふりをして餃子屋へ行ったことから、「習包子」という渾名を付けられた。それをもじったものだと考えられる。
 ところで、自由亜洲電視台の傅申奇の指摘によれば、有能でクリーンな模範的官僚である易学習(呂州市委員会書記から漢東省委員会常務委員へ昇進)と沙瑞金(新漢東省委員会書記)と主役の侯亮平(前最高人民検察院腐敗防止総局捜査所所長、現、漢東省人民検察院腐敗防止局局長)の3人の名の最後の文字を一字ずつ取れば「習金平」=「習近平」となると指摘した。
 だが、その反面、3人の最初の文字(姓)を繋ぎ合わせると「易沙侯」=「一傻猴」となり、「1匹のバカな猿」にもなる。中国の小説家や脚本家にとっては、そのくらいの“暗喩”は朝飯前かも知れない。
 現在、中国では「趙家」とは、権勢を誇る人々(中国共産党)を指す。前漢東省委員会書記(現、全国政治協商会議副主席)の名前が趙立春で、その息子は趙瑞龍(恵龍集団董事長) である。
 また、ドラマの冒頭、侯亮平らに北京で摘発される国有資源管理部第二所所長も趙徳漢という名前だった。つまり、趙姓は屡々権勢を振るう人達を指す(ドラマの中で、優秀な京州市<架空の市>公安局局長、趙東来は例外)。
 最後に、意地悪い見方をすれば、作者・製作者には、依然、中国共産党には、侯亮平らを始めとする立派な人間がいて、憎むべき腐敗を暴こうとすると視聴者にアピールしている。
 そして、共産党の「支配の正当性」を主張しているとも受け取れなくもない。中国共産党による一般庶民への洗脳とも考えられる。
 だが、中国共産党支配下で、ドラマを製作しなければならないので、これは仕方のない面もあるだろう。