澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -235-
香港「雨傘革命」首謀者3人の投獄

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政策提言委員・拓殖大学海外事情研究所教授 澁谷 司

 今年(2017年)8月17日、香港の高等法院(高裁)は、2014年9月26日に開始された「雨傘革命」の首謀者3人の若者―黄之峰(ジョシュア・ウォン)、周永康(アレックス・チョウ)、羅冠聰(ネイサン・ロー)―を、1審判決を“無視”して、それぞれ禁固刑に処した。
 「雨傘革命」当時、黄之峰は学民思潮召集人、周永康は香港学生連盟(Hong Kong Federation of Students)秘書長(事務局長)、羅冠聰は同学生連盟常務委員という肩書きだった。
 高裁は、「雨傘革命」時、3人が非合法集会を開いたとして、黄之峰には禁固6ヵ月、周永康には禁固7ヵ月、羅冠聰には禁固8ヵ月の判決を下した。当日、3人は収監されている。今後5年間、彼らは公職に就けない(=選挙に出馬できない)。
 実は、昨2016年7月、香港東区裁判法院(地裁)の1審判決で、羅冠聰が「非合法集会参加扇動罪」に問われた。他方、黄之峰と周永康は単に「非合法集会参加罪」の判決が言い渡された。
 しかしながら、同地裁(張天雁)は、翌8月、3人に対し、黄之峰には80時間の社会奉仕、羅冠聰には120時間の社会奉仕、周永康には、1年の執行猶予付き3週間の禁固刑という判決を言い渡した。地裁は彼ら3人に対し、穏便な処置で済ませようとしたのである。
 そして、彼らはこれらの刑に服した(因みに、羅冠聰は翌9月の香港立法会選挙に出馬し、見事、香港史上最年少で当選した。だが翌10月、羅冠聰は、立法会での宣誓時に型通りの宣誓を行わなかったという理由で、当選無効となっている)。
 ところが、地裁の1審判決を不服とした香港政府律政司は、高裁へ控訴したのである。そして、黄之峰ら3人に対し、冒頭の新たな実刑判決が下された。
 高裁の判決が出るとまもなく(8月20日)、約14万人(主催者側発表)が黄之峰らの即時釈放を求めて、大規模デモを行った。
 この高裁の判決は、法律的に「一事不再理」の原則に反すると指摘されている。他方、米『ニューヨーク・タイムズ』紙のバリ・ワイスは、高裁判決当日、ノーベル委員会に対し黄之鋒らにノーベル平和賞を授与するよう呼びかけた。同時に、香港の裁判所が中国政府の“奴隷”になったと決めつけている。
 おそらく、同判決は、香港の中国返還後、最初の“政治犯”を作り上げたとして、記憶されるに違いない。
 さて、「雨傘革命」に積極的だった著名人がいた。だが、暫くして彼らは、黄之峰らと袂を分かち、別の道を歩んでいる。
 戴耀廷(ベニー・タイ。香港大学副教授)、陳健民(香港中文大学副教授)、朱耀明(牧師)の3人は、「泛民主派」や学生らと連帯して「雨傘革命」に参加した。もともと、2013年3月、戴耀廷・陳健民・朱耀明は、連名で信念書を発表している。
 当時、香港政府は、2017年の行政長官選挙に関して、民主派候補が立候補できない選挙制度改革を模索していた。戴耀廷ら3人は、香港政府に対し、新選挙制度撤回を求めていた。もし、彼らの要請が拒否された場合には、中環を占拠(オキュパイ・セントラル)するデモを実行すると明言していたのである。
 翌14年8月末、中国全人代常務委員会が、次期香港行政官選挙制度を正式に変更した。民主派の候補が出馬・当選できないように、指名委員会(約1200人で「親中派」が大多数を占める)の推薦人数を150人以上から過半数の601人以上へと引き上げたのである。
 そこで、戴耀廷ら3人は、学生らと連携し、中環占拠デモを敢行した。けれども、“急進的”な黄之峰ら学生らが、デモの主導権を握るようになった。
 「雨傘革命」が長引き、12月に入ると、戴耀廷ら3人は驚くべき事に、同月3日、香港中区警察署へ“自首”したのである。そのため、香港当局は戴耀廷ら3人を不起訴とした。
 周知の如く、目下、中国共産党は、習近平主席の「独裁化」に拍車がかかっている。おそらくその全貌は今秋の中国共産党第19回全国代表大会(「19大」)で明らかになるに違いない。
 その習近平政権下、(中国国内はもとより)「1国2制度」下にある香港さえも、政治的自由が著しく制限される事態が起きている。香港の将来は決して予断を許さないだろう。