澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -242-
習近平主席による軍トップの入れ替え

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政策提言委員・アジア太平洋交流学会会長 澁谷 司

 今年(2017年)9月6日、中国人民解放軍と武装警察系統の「19大」(中国共産党第19回全国代表大会)代表のリストが公表された。その中には、解放軍の代表253人、武装警察部隊の代表50人が掲載されている。
 しかし、毛沢東主席の孫、毛新宇少将(毛沢東と楊開慧の次男、毛岸青の子)の名前がリストには見当たらないという。
 毛新宇の肩書きは、少将軍事科学院戦争理論戦略研究部副部長、中華全国青年連合会常務委員、中国人民政治協商会議全国委員である。毛新宇は、今まで毛主席の孫という事で、若干特別扱いを受けていた向きがあった。今後は、毛新宇に対する“特別扱い”がなくなるのかも知れない。
 さて、話題性としては毛新宇だが、以下の事実は看過できないだろう。
 去る9月1日付『星島日報』は、中央軍事委員会連合参謀部参謀長の房峰輝(「郭伯雄系」)、同政治工作部主任の張陽(「徐才厚系」)、同政治工作部副主任の杜恒岩の3人が調査されていると報じた。
 習近平主席は、郭伯雄(2016年7月、一審で無期懲役の判決を受ける)・徐才厚(2015年3月に死亡)系統の軍人を完全に排除しようとしている。
 ひょっとすると、習主席は、軍のトップも、自らの派閥(「之江新軍」。習主席が主に福建省・浙江省で働いていた時に作り上げた人脈)からの起用なのかも知れない。そうしなければ、習主席がいつ軍に寝首をかかれないとも限らないからである。
 まず、房峰輝(陝西省出身)は、新疆軍区、蘭州軍区、広州軍区での任務を経て、2007年、北京軍区(当時は7大軍区)司令員に就任した。
 2012年10月、房は陳炳徳に代わって中国人民解放軍総参謀長に抜擢された。更に、房は、2016年1月、新設された中央軍事委員会連合参謀部の初代参謀長となっている。
 だが、今年8月、房峰輝は解任され、代わって李作成(湖南省出身。2013年7月、成都軍区司令員)が同連合参謀部参謀長に昇進した。
 李作成は1979年の中越国境紛争に参加している。また、1998年夏の中国大水害(揚子江や松花江等で川が氾濫し、4150人が死亡。経済損失は2551億元<約3兆8265億円>にものぼった)でも活躍した。習近平主席は、実戦経験が豊富な軍人を好むと言われる。
 2011年11月、胡錦濤主席(当時)がAPEC(米国ホノルル)に参加した際、当時の薄熙来(重慶市委員会書記)が重慶で軍事演習を行った(これが薄失脚の遠因になる)。その際、李作成は、この演習には参加しなかった。そのためか、李作成は江沢民派から圧力を受けたという。これも、習主席が李を起用した理由かも知れない。
 次に、張陽(河北省出身)は、2004年、広州軍区政治部主任となった。2007年9月、張は広州軍区政治委員の任務に就いた。2012年10月、張は李継耐に代わって、中国人民解放軍総政治部主任に昇進している。
 2016年1月、張陽は新設された中央軍事委員会政治工作部の初代主任となった。ところが今年8月、後任の苗華(福建省出身。2014年6月、蘭州軍区政治委員。同年12月、中国人民解放軍海軍政治委員等を歴任)にその職を譲った。なお、苗華の昇格人事に関して詳細は不明である。
 そして、杜恒岩(山東省出身)は、2005年、済南軍区(当時)副政治委員、紀律委員会委員となった。
 2010年、杜は劉冬冬に代わって、済南軍区の政治委員へ昇進した。2016年1月、杜は、張陽同様、新設された中央軍事委員会政治工作部の初代副主任に任命されている。だが、結局、杜恒岩は、房峰輝・張陽と同じ状況に陥っている。
 杜恒岩の場合、中国共産党第17期中央紀律検査委員会委員にもなった。その人物が、現在の同委員会の調べを受けているとは奇妙な話である。
 言うまでもなく中央紀律検査委員会が「大トラ」を調査するのは、党員の腐敗を防止するためにも必要だろう。
 けれども、以前から我々が主張しているように党・政府・軍の高位の人が贈収賄を行わない、女性関係を持たないなど、殆どあり得ないだろう。ただ、その実態がひどいか否かだけである。
 従って、中央紀律検査委員会による調査は“恣意的”に「政敵」を倒すための口実となっている。実際、「反腐敗運動」を推進している側の習近平主席と王岐山中央紀律検査委員会書記をしっかり調査すれば、その腐敗ぶりは白日の下に晒されるだろう。