「トランプ大統領のアジア歴訪」
―北朝鮮問題に対する日・米の戦略と中・韓の思惑―

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会長・政治評論家 屋山太郎

 日・米首脳会談が11月初めのこの時期に行われたのは、“北朝鮮問題”がいよいよ終末期を迎えているということではないか。「戦争になれば何十万人もの犠牲者が出るからやらない」と述べていたマティス国防長官は、犠牲を出さない方法を問われて「ある」と答えるようになった。米軍が一瞬に攻め込んで北朝鮮軍備を完全破壊する方法がないではないと観る防衛省関係者もいる。
 朝鮮半島近海に展開する米空母3隻に加えてグァム島にはB1やB2爆撃機が控えており、F-35戦闘機や大型輸送機も速やかに展開可能だ。これらには、地下何十メートルもの地点に突入するバンカーバスター、MOAB(全ての爆弾の母)と呼ばれる大規模爆風爆弾に加えて、勿論、核爆弾も積める。核なしでも1回の攻撃で北朝鮮軍の司令部や司令系統を“無”にすることができる。爆撃直後に地上部隊を降下させて核施設や残りの軍主要施設を押さえるという。ソウルに被害を出さないためにはこの“瞬殺”方式が不可欠だという。
 米軍はアフガニスタン、イラク、湾岸戦争でもこのような攻撃を回避していない。8月と9月の2回、北朝鮮の弾道ミサイルが日本上空を飛び越えた。本州と北海道の間といえども日本領空である。トランプ氏は「日本はそれを迎撃すべきだった」と語っていたという。そういう不退転の覚悟を見せてこそ、抑止力が働くのが軍事の常識だ。
 米国は既に北朝鮮撃滅の準備万端を整えたと見ていい。それではなぜ“瞬殺”を実行しないのかと言えば、戦後をどうするかで中国と協議するつもりなのだろう。もともとこの時期まで米国が待ったのは、中国の共産党大会が終わった時点で習近平主席と話し合おうと思ったからだろう。米韓で一挙に北朝鮮を制圧したとすれば、中国の隣に米軍に守られた韓国が存在することになる。文在寅政権内部からは「そこで米韓同盟を解消し、核保有の韓国を存続させる」という虫の良い話も聞こえてくるが、その話は日、中、米とも納得しない。
 中国がパイプラインを止めれば、北朝鮮の息の根が止まる。もし中国が本気になれば、金正恩を、暗殺された金正男の長男にすげ替える手がある。日米は北への制裁強化を、中国に厳しく迫ってきた。中国の主要銀行や個人資産まで締め付けてきたが、中国にとっても北のミサイルと核の完成は最早見過ごせない時点に至っているようだ。
 党大会での習演説では2049年には中国が世界に並び立つ“強国”になることを目指すという。一方で、日本も米国も「自由で開かれたインド・アジア太平洋戦略」を掲げて中国の膨張を封じ込めようとしている。これにインド、豪州を含めた日米印豪の連携が安倍首相が確立した日本の世界戦略だ。中国も北朝鮮問題の処理次第で、大国への道を誤る。トランプ大統領は日本のあと韓国、中国、ASEAN諸国を廻るが、この過程で、北朝鮮と中国に対する腹を固めるのではないか。
(平成29年11月8日付静岡新聞『論壇』より転載)