澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -260-
「パラダイス文書」と中国有名人

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政策提言委員・アジア太平洋交流学会会長 澁谷 司

 昨2016年4月、「パナマ文書」が公表され、世界のVIPを震撼させた事は記憶に新しい。同文書は初め『南ドイツ新聞』が入手した。それを世界各国のジャーナリスト達で構成される「国際調査報道ジャーナリスト連合」(ICIJ。67の国家、90以上のマスメディア、380人以上の記者からなる)が発表している。
 その後、『南ドイツ新聞』は、更に「パラダイス文書」(「税の楽園」から名付けられたか)を入手した。今年(2017年)11月、「国際調査報道ジャーナリスト連合」がその一部を発表した。目下、同連合はその解明を急いでいる。
 英『ガーディアン』紙(2017年11月5日付)や米『ニューヨーク・タイムズ』紙(同6日付)は、「パラダイス文書」(1950年~2016年。約1340万件)に関して、以下のように報じている。
 「パラダイス文書」には、英国海外領土のバミューダ諸島にあるアップルビー法律事務所から漏洩した顧客データ(1993年から2014年まで)も含まれる。その中には、個人と法人(世界的な有名企業や著名人)を併せて12万の名前が掲載されているという。同法律事務所のデータでは、アメリカの顧客が3万と最も多く、次いでイギリス、中国、香港の順となっている。
 例えば、有名企業としては、アップル、ナイキ、フェイスブックなどである。他方、著名人としては、英エリザベス女王や伝説的ロックバンド「U2」のボーカル、ボノ、それに、マドンナ等の名前も確認されている。
 元はと言えば、アップル社が調査されている過程で、「パラダイス文書」が“発見”されたという。
 『數位時代』(2017年11月7日付)の指摘では、アップル社は2014年、アップル・オペレーション・インターナショナル(Apple Operations International)とアップル・セールス・インターナショナル(Apple Sales International)2社を租税回避地の「ジャージー(Jersey)代官管轄区」(イギリス海峡にある英国王室属領)へ移した。米国の法人所得税は約35%だが、アイルランドの同地ならば、12.5%で済むからである。
 さて、昨年、「パナマ文書」に名前が載っていた中国人VIPは、習近平主席の実姉(斉橋橋)の夫、鄧家貴、李鵬元首相の娘、李小琳、賈慶林(元政治協商会議主席)の孫娘、李紫丹、毛沢東主席の孫娘(孔東梅)の夫、陳東昇、胡耀邦元総書記の三男、胡徳華等だった。
 『工商時報』(同)によれば、今度の「パラダイス文書」には、中国や香港で活躍している女優、趙薇(ヴィッキー・チャオ)とその夫で資産家の黄有龍の名前があるという。そのため、現在2人は中国證券監督管理委員会から調査されている。
 余談だが、趙薇は周星馳(チャウ・シンチー)監督・主演の『少林サッカー』(2001年作品)に阿梅(ムイ)役で登場し、日本でも馴染み深い。
 2008年、趙薇は黄有龍と結婚した。その後、シンガポールで女の子を出産している。趙薇は女優を続けながらビジネスでも成功した。
 趙薇夫妻は、マレーシアのギャンブル王、林国泰(Lim Kok Thay。雲頂集団・スタークルーズ会長)と共に「モンゴル鉱山公司」(Mizu LLC)に8000万米ドル(およそ90億円あまり)もの不透明な投資を行っているという。
 一方、『香港01』(同)の報道では、「パラダイス文書」の中には、戴相龍(前中国人民銀行総裁)の娘婿、車峰の名前も見られるという。車峰の最終学歴は中卒にすぎない。だが、車は戴相龍の娘と結婚を機に、大富豪へと、のし上がった
 車峰は、タイのギャンブル王、謝国民(タニン・チャラワノン。泰国正大国際集団<CP〔チャロン・ポカペン〕グループ>会長)から優先株を取得した。阿里巴巴(アリババ)集団会長の馬雲(ジャック・マー)も、謝国民から同様な待遇を受けている。
 実は、車峰は、蕭建華(投資集団「明天系」を率いていたが、香港で中国公安に拉致された)や郭文貴(米国へ逃亡中)とも関係が深いという。
 ところで、問題は、租税回避が個人・法人が税金を減らすための“合法的”行動なのか。それとも、各国当局が追及すべき“犯罪”なのか。一般には、租税回避はグレーゾーンに位置すると考えられる。
 仮に「パラダイス文書」で明らかになった租税回避が犯罪ならば、当然、昨年の「パナマ文書」も同じように追及されなければならない。
 もしも、趙薇夫妻や車峰が中国当局に逮捕されるようであれば、「パナマ文書」に名前が載っている鄧家貴(習近平主席の姉の夫)も、当局に逮捕されなければおかしいだろう。当然、李小琳(李鵬の娘)や李紫丹(賈慶林の孫娘)、陳東昇(毛主席の孫娘の夫)、胡徳華(胡耀邦の息子)等も、その逮捕対象になるはずである。しかし、その可能性は極めて低い。
 結局、中国では、未だ人は「法の前に平等」ではないという証なのだろうか。