「日本は『中華文明』の支流に非ず、『独立の文明』を持つ唯一の国」

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会長・政治評論家 屋山太郎

 国際政治学者のサミュエル・ハンチントン教授が1996年に『文明の衝突』という著作を出し、その中で「日本は独立の文明を持つ唯一の国」と定義した。それまで世界の文明には7つの極があって、日本文明は「中華文明」に含まれていた。今でも中華文明から分かれたものと思っている人は多い。
 半世紀も前、私はローマ駐在の特派員をしていた。たまたま中国で文化革命が燃え盛っていた頃である。日本から郵送して貰っていた新聞が朝日一紙だけ。そこに尊い「精神革命の運動だ」と書いてあるから、私もそう信じようとしたが、どう見てもRAI(イタリア国営放送)が連日報道していたのは「狂気の運動」としか見えない。外国人記者クラブでは毎日のように「君の祖国の政治運動は何を狙っているのか」と尋ねられる。私は憮然として「日本とは別の国の話だ」と答えるのだが、「中国文明」と「日本文明」は兄弟か親戚ぐらいにしか思っていないのだ。北朝鮮がサッカーに勝った時などは、町中いたる所で「おめでとう」と声をかけられた。中華圏と一緒くたにされて実に気分が悪かったのだが、ハンチントン氏が「別の文明だ」と太鼓判を押してくれたせいで、精神の落ち着きを取り戻せた。
 世界で今なお戦争が絶えないのは宗教や宗派の違いによることが多い。アラブ世界は大別してシーア派とスンニ派が存在して常時、争いが絶えない。イランのホメイニ革命とそれに続くイラクとの戦争を取材したことがある。紛争の争点について、何度も取材に行っているのに、その度に忘れてしまう。部外者にはそれほど取るに足りない差異なのだ。
 日本では2~3世紀に神道が興り、4~5世紀には仏教が入ってきた。時の朝廷が新しく入ってきた仏教を拒むなとお布礼を出して神仏習合の時代が何百年も続く。16世紀に秀吉がバテレン(キリスト教徒)追放令を出すが、バテレンは一神教であったがために、既存の宗教を迫害したからだ。明治維新の時の廃仏毀釈(神社を残して寺などを壊すこと)も禁じられ、日本は「八百万の神」が共存する社会を作りあげた。
 何教が伝来しても自由だから、日本はとてつもない包容力を秘めている。世界のあらゆる文明を自在に取り入れ、改良していく。「改善」(カイゼン)という単語が世界語として定着しているのも、宗教の自由がもたらしたものだろう。仏教徒は日蓮家、浄土家など13宗8420万人がいる。新年に神社に初詣に行く人も8000万人という。お寺の除夜の鐘を聞いて神社に初詣する。一方でほぼ全家庭がクリスマスのお祝いプレゼントの交換をする。
 戦後教育を受けた世代は、民主主義はアメリカが教えてくれたと思っているが、1868年、明治維新の際、天皇は5箇条の御誓文を発した。その第一条は「広く会議をおこし、万機公論に決すべし」というものだった。
(平成30年1月3日付静岡新聞『論壇』より転載)