澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -286-
習政権下の「709事件」と「李明哲事件」

.

政策提言委員・アジア太平洋交流学会会長 澁谷 司

 今年(2018年)4月8日、台湾の民間団体(「台湾人権促進会」等)が「台北サイクリングデモ」を開始した。具体的には、行方不明の王全璋(中国の人権派弁護士)と中国で収監されている李明哲(台湾NGOの一員)を救おうと呼びかけるためである。
 2015年7月9日以降、中国では数百人単位の人権派弁護士が一斉に逮捕・拘束された。いわゆる「709事件」である。その中には、著名な弁護士が沢山含まれていた。例えば、北京の人権派弁護士、王宇である。
 王宇は、同年7月2日、河北省三河市法院で法輪功修練者(陳英華)の弁護を担当した。その1週間後に、王宇は失踪している(その後、夫の包龍軍<弁護士>と息子の包卓軒も次々と姿を消した)。
 周知のように、中国共産党は、法輪功を「邪教」として目の敵にしてきた。1999年4月、天安門広場で法輪功修練者ら約1万人が、鎮座して同修練者への抑圧に抗議した。
 それに震え上がった江沢民主席は「610弁公室」(法輪功迫害機関で、正式名称は「党中央邪教問題を防止および処理する領導小組弁公室」)を立ち上げた。同弁公室は、今まで単独機関として独立性が高かったが、2018年3月、格下げされた。
 中国共産党の法輪功への弾圧に関しては、レオン・リー監督のドキュメンタリー作品である『ヒューマン・ハーベスト』“Human Harvest”やカナダで出版された『血まみれの臓器狩り』“Bloody Harvest, The killing of Falun Gong for their organs”等が詳しい。
 北京政府からすれば、王宇のような人権派弁護士が、「邪教」の“信者”を法廷で擁護するとはけしからんという論理になるのかもしれない。
 翌16年1月、王宇は「国家政権転覆罪」で逮捕された。そして、王宇は同年7月には、自ら罪を認めたという。おそらく当局による脅迫や拷問で、王宇は罪を認めざるを得なかったに違いない。
 2016年、人権派弁護士、高智晟(王宇同様、法輪功修練者を弁護)は『(仮訳)2017年、立ち上がる中国』(英語版では“Unwavering Convictions”)を書き上げ、台湾や香港等で出版された。
 高智晟は、中国当局から受けた様々な虐待で歯の治療もままならず、現在、流動食しかとれない状態だという。それにも拘らず、高は北京政府と10年間も戦っている。
 ここで、話を王全璋に戻したい。今年4月4日、王全璋夫人の李文足は夫の安否を尋ねて、幼な子と共に北京最高法院(最高裁)から天津第二中級人民法院(中級裁判所)へ歩いて向かった。その距離は100キロメートル以上ある。
 王全璋は「709事件」唯一の未決囚として999日も身柄を拘束された。王は、高智晟や王宇と同じように、法輪功修練者を弁護した事がある。これが長期拘束の理由ではないか。
 2013年4月、王全璋は江蘇省靖江市人民法院で法輪功修練者を弁護するため出廷した。その際、王は同法院に10日間、拘留された。当時、100名以上の中国弁護士が、連名で王全璋の釈放を要求した経緯がある。
 今後、王全璋は裁判を受けても、王宇と同じ判決(「国家政権転覆扇動罪」)の出る公算が大きい。
 一方、「李明哲事件」は「709事件」の王全璋の話とは全く異なる。
 そもそも、李明哲(外省人2世)は台湾生まれの中華民国籍である。中国の人権問題や同国の民主化運動に強い興味を抱いた。だから、李明哲はNGO団体(「人権公約施行監督連盟」)でボランティアをしていたのである。
 妻の李凈瑜は、台湾の中国文化大学を卒業し、李明哲と共に「文大進歩青年社」を創立した。また、李凈瑜はかつて施明徳事務所で働いていたこともある。
 昨2017年3月、李明哲は広東省の友人に会うため、長栄航空(BR807便)台北発マカオ行きに搭乗した。だが、李はマカオから広東省珠海市経由で広州市へ行く途中に失踪した。中国当局に拘束されたのである。
 すぐさま、アムネスティ・インターナショナル等は北京政府に対し、李明哲の即時釈放を求めた。台湾の各種民間人権団体も一斉に声を上げた。また、翌4月、台湾立法院では、習近平政権による李明哲拉致・拘束に対し、厳しく非難している。
 翌5月、湖南省長沙市国家安全局は李明哲を「国家政権転覆煽動罪」の容疑で逮捕した。結局、同年11月、湖南省岳陽市中級人民法院は、被告の李明哲に対し、「懲役5年、政治的権利剥奪2年」という判決を下したのであった。未だ、李は中国で服役している。