政治指導者と国内世論

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顧問・元ベトナム・ベルギー国駐箚特命全権大使 坂場三男

 新聞やTVなどのメディアが毎月のように政党や政権に対する国民の支持状況について世論調査を実施しているが、これにどれほどの意味があるのかよく分からない。政権への支持率が高いと解散総選挙の可能性が高まり、逆に極端に低いと内閣総辞職になるということなのか。民間企業では自社株の日々の値動きを見て経営方針を考える経営陣はいないと思うが、政治指導者も世論調査の結果に一喜一憂するようでは国家の将来を見据え、長期ヴィジョンに立った国政運営を行うことは出来ないであろう。
 この5月14日、フランスのマクロン大統領は就任1周年を迎えた。フランスの歴代大統領の中で最も若い39歳で就任したから現在40歳である。彼の経済・社会改革に向けたエネルギーはすさまじい。過去の社会党政権時代に積み上げた労働者保護法制や富裕層を狙い撃ちした一般社会税(CSG)、富裕税(ISF)を抜本的に改め、法人税も大幅に引き下げて「経済の再生」を優先する諸政策を強力に推し進めている。
 この結果、マクロン大統領には「強権政治家」とか「富裕層の代弁者」といったレッテルがメディアから張られ、世論の支持も急落しているが、大統領自身にはこれらを意に介する様子はない。私は、過去40年以上の間、フランス政治の動向に関心を向けてきたが、世論の支持・不支持に左右されることなくこれほどの大改革を断行し続ける大統領を初めて見た。これがさらに4年間、任期いっぱい継続すれば「経済の再生」にとどまらず、「欧州政治におけるフランスの復権」まであり得るかも知れない。
 マクロン大統領の政治はポピュリズムから最も遠いところにある。ポピュリズムの波が世界中に押し寄せている中でこれは稀有なことである。彼には国を指導する政治家としての明確な国家ヴィジョンがあり、それに向かって邁進している。与党議員の中には来年の欧州議会選挙や再来年の地方議会選挙への悪影響を懸念する声が出始めているが、大統領自身はこれらの選挙に目をくれることなく、4年後の大統領選挙で自らの政治とその成果について国民の信を問う決意なのであろう。
 マクロン大統領について心配されるのは、身近に有力な腹心がおらず、睡眠時間を毎日3~4時間まで削り、全てを自分で考え、指示を連発する政治スタイルであろう。自身が党首を務める「共和国前進」は大統領選挙の前に俄かに立ち上げた新興政党であり、党内に有力な政治家はおらず、そもそも政治経験すらない議員が大半である。こうした中で、4年後にマクロン大統領の再選があるとすれば、それは5年間の任期中に国民が納得する結果を出すしかない。未だ選挙大敗のショックから立ち直れていない既成政党(共和党、社会党、国民戦線)もさすがに4年後までには態勢を立て直して挑んで来ようから、文句のつけようのない成果を国民に示すことが不可欠だと思われる。
 翻って、我が日本の状況を見ると、安倍政権の国政運営にマクロン大統領に似たものを感じる。外交に卓越した能力を発揮している点も同じである。安倍総理は、経済・財政政策にしろ、安保法制にしろ世論調査の数字に一喜一憂することなく、自らの政治信念に基づき、国の将来にとって良かれと思うことを確固として推進している。しかも、議員内閣制の我が国では1~2年ごとに国政選挙があるために、安倍政権の舵取りは、5年間の任期を保証されたマクロン大統領よりはるかに難しい。特にモリカケ騒ぎのような周辺的な問題で世論が大きく動くような国内状況にあっては尚更である。先般、米誌タイムが安倍総理を世界で最も影響力のある指導者の一人に選んだのも納得が行く。
 政治家は結果が全てであり、それについて選挙で国民の審判を受けるのが基本である。メディアが実施する世論調査なるものについては、1年に1回くらい、ちらっと見るだけで良いのではないか。