澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -294-
世界を驚かせたマハティールの再登場

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政策提言委員・アジア太平洋交流学会会長 澁谷 司

 今年(2018年)5月9日、マレーシアでは、下院選挙(定員222議席。任期は5年。小選挙区制)が行われ、与党連合・国民戦線(BN)が惨敗した。
 ナジブ首相(ナジブ・ラザク。第2代ラザク首相の息子)率いる与党連合は79議席(前回、133議席)しか獲得できなかった。それに対し、野党・希望連盟(PH。マハティール元首相中心の野党連合)は109議席を獲得し、勝利している(前回、アンワル元副首相率いる野党連合・人民連盟は89議席獲得)。
 但し、希望連盟は過半数(112議席)に達しないため、サラワク州での当選者6人(ally Warisan)と無所属の2人を野党連合に加えて、過半数117議席以上を確保した。
 マレーシアでは、1957年の建国以来、61年間、国民戦線の最有力メンバーであった統一マレー国民組織(UMNO)が初めて下野したのである。
 自由で公正な選挙が行われる限り、盤石に見える長期政権といえども、いつか政権交代の時期がやってくる。
 東アジアでは、我が国でも、1993年7月の衆議院選挙で自民党が過半数割れを起こし、38年続いた「55年体制」が終焉した。そして、非自民系の細川政権が誕生している。
 台湾では、2000年3月の総統選挙で、国民党が敗北し、民進党が初めて勝利した。第2次大戦後、中国国民党は55年間、一貫して台湾を支配して来た。だが、ついに民進党に政権を譲る事になったのである。
 マハティール第4代元首相は、1981年から2003年まで、22年間政権を担っていた。今回、その92歳の元首相が返り咲き、世界が驚愕した。マハティール第7代新首相は、世界最高齢の政治指導者となったのである。
 おそらく、マハティール新首相は、1〜2年政権を担当し、その後、アンワル元副首相(かつて、マハティール首相の後継者と目されていた)を首相にするつもりではないだろうか。アンワルは「同性愛の罪」(2015年2月、連邦裁判所で5年の禁固刑が下される)で3年間、刑務所で服役していた。だが、選挙直後の5月16日、国王による恩赦で釈放されている。
 今度の選挙で、何故与党連合は敗れたのか。ナジブ政権下で、巨額な政府系ファンド(「ワン・マレーシア・デベロップメント・ブルハド(1MDB)」)の資金不正流用疑惑が発覚した。これが主な敗因だっただろう。また、同政権は、政府批判を行ったジャーナリストを逮捕したり、不正疑惑を報じた経済紙2紙の発行禁止を行ったりしている。これも、敗因に繋がったのではないだろうか。
 アンワル元副首相が恩赦で釈放された日、マレーシア警察は一斉にナジブ前首相の公邸や事務所など家宅捜査に乗り出した。そして、警察は、72袋に入った宝石類や多種多様な外貨や約300箱に入った高級ブランド(エルメスやルイ・ヴィトン等)のハンドバッグを押収している。
 現在、ナジブ前首相と妻のロスマ氏は出国禁止処分を受けているが、逮捕・訴追は必至ではないか。
 マハティール元首相が政権へ返り咲いた一つの理由として、ナジブ首相が中国と緊密な関係だった点も挙げられよう。
 かつて「ルック・イースト」(=「日本の集団主義と勤労倫理を見習おう」)を掲げていたマハティールにとって、ナジブ前首相の中国傾斜に不満を抱いていたに違いない。高齢のマハティールが立ち上がったのは、中国に立ち向かうためだったとも言える。
 周知のように、習近平政権は「一帯一路」政策を推し進めているが、マレーシアは、その重要拠点の一つである。目下、同国では、鉄道、電力、港湾などのインフラ整備を中心にした「一帯一路」関連プロジェクトが進んでいる。
 その好例として、昨2017年8月、マレーシアの東西海岸を結ぶ130億ドル相当の鉄道プロジェクトが着工された。南シナ海側のタイとの国境地点とマラッカ海峡を結ぶ全長688キロの鉄道(「イースト・コースト・レール・リンク」)である。
 その費用の85%は中国輸出銀行が融資し、残りは「イスラム債」の発行によって調達するという。建設を請け負うのは中国交通建設(中国中央企業、中国交通建設集団有限公司の子会社)である。
 ところで、中国は「マラッカ・ジレンマ」(マラッカ海峡で中国が抱える潜在的な脆弱性)を抱えている。
 実際、中国の輸入原油全体の8割がマラッカ海峡を通過する。だが、現状では、中国は、マラッカ海峡という最重要ポイントの安全保障を米軍に依存している。
 北京としては、今後、マレーシアとの協力関係を強化し、マラッカ海峡ルートを確保したいという思惑が透けて見えよう。