澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -66-
「趙家人」の支配する中国

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政策提言委員・拓殖大学海外事情研究所教授 澁谷 司

 近頃、中国では「趙家人」と言う言葉が流行している。それは、元来、文豪、魯迅が『阿Q正伝』の中で使用したものである。小説内では、趙家の人間が阿Qに対し「お前も趙と言う姓なのか?」と尋ねる場面がある(ちなみに『狂人日記』にも、冒頭「趙家の犬」という表現が出てくる)。 
 「趙家人」とは、「権勢を誇る一族」と言う意味である。今では、もっぱら「太子党」(「革命世代」の党幹部2世・3世)とそれに連なる人々を揶揄する言葉となった。 
 昨今、「趙家人」が権力・富・名誉すべてを独占する状態になっている。中国のエリート層である共産党員は約9000万人近くいるが、その中でほんの一握りの党員だけがその恩恵を享受している。 
 例えば、賀平(鄧小平の三女、鄧榕の夫)・陳元(陳雲の息子)・王軍(王震の息子)が掌握する中央企業(国有企業の中で、中央政府が直接管理・監督)の資産規模は、併せて1.6兆米ドルと報じられた。 

 周知のように、ジニ係数は貧富の差を表す。その数値がゼロに近づくほど、その社会は平等と言える。逆に、1に近づくほど少数者が社会の富を独占している。一般に、0.4が社会騒乱の多発する警戒ラインとされる。 
 中国では、2010年にはジニ係数が0.61(西南財政大学)、2012年には0.73(北京大学)と格差が拡大した。すでに“危険水域”に突入していると考えられよう。 
 江戸時代、権力は武士、富は商人、名誉は公家というふうに、権力・富・名誉がそれぞれバランス良く配分されていた(小室直樹氏による)。だから、徳川幕府は260年以上も続いたのである。 
 一方、ソ連邦(1922年~1991年)が70年足らずで瓦解したのは、支配者の一部エリート層(ノーメンクラトゥーラ=「赤い貴族」)が、権力・富・名誉すべてを独占したからだろう。人口の大半を占める被支配者らはそれらの恩恵に与れず、大きな不満を抱いていた。そのため、ソ連邦は崩壊の道を辿ったのである。中国もソ連邦と同じ命運をたどる可能性を否定できない。 

 さて、1989年6月の「天安門事件」後に樹立された江沢民政権以降、胡錦濤政権末期に至るまで、「政治エリート」・「経済エリート」・「知識エリート」が「鉄のトライアングル」を形成していた。党内で主な3グループが結束していたのである。 
 また、周知の如く、中国共産党内には「3大派閥」(「太子党」・「上海閥」・「共青団」)が存在する。一党独裁の中国にあって、この3派が競争する中で“党内民主主義”が作動し、多少なりとも政治が活性化した。 
 ところが、2013年3月、習近平政権が誕生して以来、習主席は自国経済に関してあまり興味がなく、もっぱら「反腐敗運動」という名の“政治闘争”に力を傾注している。 
 過去を振り返れば、江沢民時代には、朱鎔基という剛腕の名宰相がいた。また、胡錦濤時代には、温家宝総理が経済の舵取りを行っている。けれども、習近平時代に入ってから、李克強首相(「共青団」)の影は薄い。なぜなら、習主席が李首相に代わって経済運営までも、自らの主導で行っているからである(李克強の手腕に問題があるとされるが、その実力のほどは不明)。 
 今の中国は、2008年9月の「リーマン・ショック」時以上に経済が悪化している。だからと言って、景気回復のための“妙手”は見当たらない(小手先の金融政策には限界がある)。いくつかの具体例を挙げてみよう。 
  ①過剰投資・過剰生産がしばらく解消できない。 
  ②投資や輸出に代わる消費の伸びが期待できない――大金持ちは海外にカネを流出させ、アッパー・ミドルは国外で 
   “爆買い”する。国内約10億人の貧困層には使えるカネがない。 
  ③中央政府の財政赤字は巨額(GDPの約100%)で、内需を増やそうにも財政出動さえままならない。 
  ④不動産はすでに飽和状態に達している――国内の至る所に見られる「ゴーストタウン」には、約34億人が住めるとの 
   試算もある。 
  ⑤国有企業改革は困難をきわめる――「太子党」や人民解放軍と関係が深い。その上、もし本腰を入れて改革を行え 
   ば、失業者が大量発生する。 
  ⑥「一帯一路」の“新シルクロード構想”についても相手国があるので、簡単には外需を増やせない――特に、混迷する 
   中東情勢がネックとなっている。 
 ひょっとすると、習近平主席は李首相を経済失政という理由で「生贄の羊」としようとするかもしれない。だが、反対に、習主席が「上海閥」や「共青団」から景気低迷の責任を取らされる恐れもある。そのためか、習近平は「反腐敗運動」を断固推進し“殺られる前に殺る”方針を貫いている。