澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -295-
米中の北朝鮮・貿易戦争をめぐる攻防

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政策提言委員・拓殖大学海外事情研究所教授 澁谷 司

 北朝鮮の金正恩委員長による“掌返し外交”で、世界中が委員長に振り回されている。
 今年(2018年)4月27日、南北朝鮮を分ける板門店で、文在寅大統領と金委員長が手と手を取り合って、南北国境を跨ぐパフォーマンスを行った。この時、“歴史的会談”と賞賛された。世界は一斉にこの南北朝鮮の宥和ムードを歓迎したのである。これで、朝鮮半島危機は去ったかに見えた。
 ところが、北朝鮮は5月16日、同日に行われる予定だった南北高官会談を突然キャンセルした。米韓の合同空軍演習「マックスサンダー」に反発したためだと言われる。
 無論、それだけではない。4月末、ボルトン大統領補佐官(国家安全保障担当)が、北朝鮮が核を完全に廃棄するまでは、北に何の見返りも与えないという、所謂「リビア方式」を、平壌が嫌っての事だろう(トランプ大統領は、その後、「リビア方式」を否定した)。
 更に、金政権は、このまま米国が一方的に核兵器の放棄を要求し続けるならば、6月12日に予定されている米朝首脳会談を中止すると態度を硬化させた。
 5月21日、文在寅大統領は訪米し、翌日、トランプ大統領との会談に臨んだ。文大統領は、6月12日、シンガポールでの米朝首脳会談実現に向けて“仲介外交”(“橋渡し外交”)を展開したのである。
 同24日、平壌は、外国メディアを国内に招き、北東部の豊渓里(プンゲリ)にある核実験場の坑道を爆破し、段階的「非核化」をアピールした。ただ、北の核実験施設は、昨年9月の核実験後、すでに崩落したと伝えられている。
 結局、米朝両国の「非核化」の時期・方法で溝が埋まらず、トランプ大統領が、同日、金委員長に書簡を出し、来月の米朝首脳会談が中止となった。
 韓国の文在寅政権は北に対する経済制裁を緩和した。それにも拘らず、文大統領は金委員長に弄ばれ、面子を失った感がある。
 一方、習近平政権は、北朝鮮に対する後ろ盾となり、影響力を増大させている。
 今年3月25日、金正恩委員長の電撃訪中まで、習主席と金委員長は“犬猿の仲”と目されていた。そして、5月7日、金正恩委員長が大連へ飛んで、再度、習近平主席と会談を行った(その後に、金委員長は態度を一変させたとトランプ大統領は指摘している)。その意味においては、習政権は、得点を稼いだと言えなくもない。
 しかしながら、北京政府は、トランプ政権から貿易交渉で厳しい譲歩を迫られていた。トランプ大統領は、中国製品へ高関税をかけて貿易赤字の削減を減らそうと試みている(米商務省が今年2月発表した昨2017年の米国の貿易赤字は、7962億米ドル<約87.6兆円>で、そのうち対中赤字は半分近くの3752億米ドル<約41.3兆円>にのぼる)。
 そこで、今年5月15日から19日にかけ、中国側は、習近平主席側近の劉鶴副首相が米中経済摩擦を話し合うため、特使として訪米した。本来ならば、李克強首相が訪米すべきところだが、習主席は腹心の劉鶴を米国へ送り込んでいる。
 劉鶴はハーバード大学ケネディスクールで公共経営修士を取得しているので、米国にはそれなりの人脈があるのかもしれない。だが、他方、劉鶴は王岐山(国家副主席)の“影武者”とも言われる。従って、劉鶴は、王岐山訪米の露払い的存在に過ぎなかったのではないか。
 同月17日、トランプ米大統領は劉鶴副首相と会見した。結局、中国側は、米国から2000億米ドル(約22兆円)の輸入拡大を約束して、トランプ政権からの圧力を和らげようとした(主に、農産品と液化天然ガス、製造業製品等を輸入)。
 また、習近平政権は、今年7月1日から自動車関税を25%から15%に引き下げる。他方、これまでの米国の自動車関税は2.5%だったが、トランプ政権は最大25%まで引き上げを検討しているという。
 中国ネット上では、劉鶴の対米譲歩を中国側の“敗北”との見方がなされている。しかし、当局はすぐにそれらのコメントを削除した。おそらく習政権としては、ネットユーザーに痛い所を突かれ、苦々しく思っているのではないか。
 北京としては、依然、景気が浮揚していない現在、米中貿易戦争で、米国から更に追い込まれると、一層苦しくなるに違いない。