「米朝首脳会談を読む」
―CVID・体制保証・在韓米軍・拉致問題・自由主義市場経済―

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会長・政治評論家 屋山太郎

 シンガポールで行われた史上初の米朝首脳会談では、金正恩氏が「完全な非核化」に取り組み、トランプ氏が北朝鮮の体制の「安全の保証」を約束した。この約束は両国声明に明記されており、日本が02年9月、小泉・金正日会談で、国交正常化後、全ての問題を話し合うとした「日朝平壌宣言」より優れている。北が正常化交渉をしないのだから、以後の日本側の提案は全て無駄玉だった。
 今回は「完全な非核化」という約束が明記されているが、それまでトランプ政権が突き付けていたのが「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化」(CVID)だったことから見ると後退である。トランプ大統領は「条文をツメる時間がなかった」と弁明しているが、これは致命的な失敗と言えるのではないか。トランプ氏は「あと2年半ある」と任期中の解決を匂わせているが、調査・検証するだけで10年かかる」という専門家もいる。一方で金氏は体制の「保証」を得た。北朝鮮は中国大陸の中に位置し、南の韓国が攻める恐れもないし、中国は現体制の存続を認めている。
 日本は拉致問題が片付かなければ一銭も出さないという姿勢を貫いてきた。これまで“交渉”を匂わされて、何回も無駄金を払わされた。国会で「外国人選挙法」までできそうになったことがある。これらの原因は国会議員に朝鮮、中国からの帰化人が多いからだ。これが拉致問題に対する取り組みを弱くしてきた原因だと国家議員は自省してもらいたい。
 北の経済再建には日本の協力が不可欠だといっても、北が「廃棄」や「処理」が終わったと言えば、それを検証する術はない。拉致問題にケリがつけば、かつて韓国にしたように「経済協力」をするほかないだろう。
 その時点で北東アジア情勢は一変するのではないか。日清戦争が起こったのは清国が朝鮮を属国として組み入れようとしたからだ。日本は朝鮮独立のために日清戦争を戦った。現在の中国は当時の清国より強力で、朝鮮半島は南北とも中国の冊封国家(属国)に戻りたがっている。今のところ南だけが日本と体制を同じにし、在韓米軍に守られているが、韓国民の真情は反米、反日である。2500年来の儒教思想が染みついて、中国圏の一国である方が居心地がいいのだろう。米国はそれを理解しているから、いずれ在韓米軍を引き上げるだろう。すると日本と朝鮮半島との境界線は対馬海峡ということになる。
 これは西日本一帯も新たな脅威圏内に入るということだ。目下安倍首相が各国を説得して「インド太平洋戦略」に組み入れているのは、中国の太平洋への進出を防ぐ狙いがある。勿論日米は一致しているが、インド、豪州に加えて、最近マクロン・フランス、メイ・イギリスが賛意を示している。
 自由主義市場の経済は同レベルの秩序で推移してきたが、この秩序をぶち壊したのが、中国である。このならず者国家は外から封じ込めるしか手がない。
(平成30年6月20日付静岡新聞『論壇』より転載)