澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -307-
米中貿易戦争とドイツ

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政策提言委員・アジア太平洋交流学会会長 澁谷 司

 最近、中国とドイツが急接近している。これを見ると、第2次大戦前、「中独合作」があった事を思い出さずにはいられない。
 今年(2018年)3月、トランプ米政権が中国に対し貿易戦争を仕掛けた。中国からの輸入製品に対し25%の関税をかけている。
 この措置に対し、習近平政権は米国製品に報復関税をかけた。北京は景気が良くないにも拘らず、大国としての面子を守るために報復を実施している。自殺行為に等しいのではないだろうか。
 安倍政権は、トランプ政権をほぼ全面的に支持している。そのため、中国に対し、安易に近づくつもりはない。かかる状況下では、習近平政権は日米に頼れない。そこで、ドイツとの経済的緊密化を図っているのだろう。
 EUの中核であるドイツは、トランプ政権の保護貿易政策に反対している。
 他方、中国も日中韓でワシントンの保護貿易政策に異議を唱えている。従って、両者の利害は完全に一致していよう。
 よく知られているように、EU中、GDPでは、ドイツが最も大きい。世界的には(1)米国(2)中国(3)日本(4)ドイツと続く。そして、(5)イギリス(6)インド(7)フランス(8)ブラジル(9)イタリア(10)カナダの順である。
 かつてドイツは、主に欧米が貿易相手国だった。ところが、2017年、ドイツは中国との貿易総額が1866億ユーロ(約24兆2600億円)で、貿易相手国として(2016年同様)第1位となっている。ドイツが143億ユーロ(約1兆8600億円)の入超である。
 ドイツの貿易総額は、第2位がオランダ、第3位が米国、第4位がフランスと続く(1975年から2014年まで、同国の最大貿易相手国はフランスだった)。
 さて、GDPだけで見れば、米日の「1位・3位連合」と中独の「2・4位連合」が対峙する形である。
 ドイツは、我が国とは異なり、中国との間で領土問題や歴史問題は存在しない。また、ドイツは中国と遠く離れているので、軍事的対立を生む事は殆ど考えられない。
 他方、中国は歴史に習い、「遠交近攻」(范雎)を実践しているのではないか。原則、ドイツとは親しくし、日本とは対立している。また、北京は、ドイツをEUへの経済的橋頭堡と考えているふしもある。
 今年7月上旬、李克強首相がドイツを訪問した。その際、メルケル独首相は李首相との会談で、200億ユーロ(約2兆6000億円)規模の取引で合意している。
 メルケル首相は、李克強首相との交渉の中で、故・劉暁波の妻、劉霞女史のドイツ行きを中国側に認めさせた。
 周知の通り、2010年、劉暁波はノーベル平和賞を受賞した。だが、その後も、ずっと牢獄に入れられていた。昨2017年7月、劉暁波は肝臓癌が悪化し、死亡している。
 劉暁波のノーベル賞受賞後、今年7月まで、約8年間、劉霞女史はずっと軟禁状態だった。今回、ドイツは人権を守るという姿勢を世界にアピールできたのではないか。
 既述の如く、第2次大戦前、ドイツは清国・中華民国と親密な関係があった。
 19世紀後半、ドイツは、英仏とは違って、大清帝国に対し帝国主義的態度を取らなかったのである。だから、清国政府はドイツと協力関係を推し進めようとした。例えば、清国は、ドイツに北洋艦隊の戦艦(定遠・鎮遠)を発注している。
 けれども、ヴィルヘルム2世が登場すると、対清国政策は強硬になっていく。そして、一時、清独・中独関係は疎遠になった。
 ただ、経済的には、19世紀末、ドイツは「ドイツ・アジア銀行」(Deutsch-Asiatische Bank)を設立し、清国(及び後の中華民国)との貿易を図った。
 1911年、辛亥革命で大清帝国が倒れ、中華民国が成立した。まもなく内戦が勃発すると、広州の国民政府は、ドイツに支援を求めるようになる。
 第1次大戦後の1921年、中華民国とワイマール共和国は「中独平和回復協定」を締結した。これは、近代中国史で最も平等な協定だと言われる。
 その頃、ドイツ留学を経験した朱家驊(現、浙江省湖州市出身)が現れ、対独の窓口になって活躍した。朱は陳果夫・陳立夫のCC団の一員だったとも言われる。また、大陸時代、中華民国の行政院副院長にもなっている。
 一方、蒋介石はドイツ軍人マックス・バウアー(Max Hermann Bauer)を軍事顧問として招聘した。バウアー(大佐)は、ソ連邦の軍事顧問にもなっている。
 バウアーをトップとするドイツの軍事顧問団(将校約30人)は黄埔軍官学校の軍事教練を行い、精鋭な国民党軍を育てた。また、国民政府はドイツから武器を購入している。これを「中独合作」という。
 その後、ヒットラーが登場し、“親中”から“親日”へと外交政策を大転換した。そのため、ドイツと中国の関係は薄れて行った。
 中独の現状を見る限り、「歴史は繰り返す」と言えよう。