「平壌共同宣言」は、「戦争のない朝鮮半島の始まり」ではなく、「韓国が北朝鮮に攻め込まれる始まり」だと読める

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政策提言委員・軍事/情報戦略研究所長 西村金一

はじめに
 北朝鮮は、3代にわたる独裁国家で、特権階級者だけが普通の生活ができ、ほとんどの人民は貧困にあえいでいる。国を開放することはせず、外部から遮断している。なぜなら、国を開放すれば、貧困にあえぐ人民が暴動を起こしたり、脱北したりするからだ。そして、拉致した被害者を日本に返していない。金委員長の祖父金日成主席は、工作員を使って韓国の大統領を殺害しようとした。北朝鮮は、祖父の代から現在まで、テロを実行し、他国民を拉致したことなどで、「ならず者国家」とも呼ばれている。極めつけは、金委員長が、義兄の正男氏を化学剤で殺害し、叔父の張成沢氏を意識がなくなるほど殴ったあとに銃殺したことだ。上記のことは、ずっと昔の過去のことではなく、金委員長が祖父や父の意思を引き継いで実行していることだ。北朝鮮の独裁者になって、7年が経過しようとしているが、これらの問題は悪意を持って捻じ曲げたものではなく、事実そのものである。
 一方、この国の憲法には、「金体制の北朝鮮が朝鮮半島全体を統一する」という目標が書かれており、つまり、韓国を占領するのが、最終的な国家目標となっている。
 このような国家の委員長が、今年になって、「朝鮮半島の非核化を実現しよう」と近づいてきて、笑顔で握手しハグすれば、朝鮮半島では、「信じられる人」になってしまうのか。しかし、それでも朝鮮半島の核問題を解決するために交渉することは、重要なことだ。
 文在寅大統領とその政府の交渉は、融和に前のめりで、北朝鮮を信じすぎている。自分の国を危険に晒すほどに北朝鮮の要求を受け入れているのだ。
 文大統領は平壌で、「戦争のない朝鮮半島」「戦争につながるあらゆる危険をなくす」と心地よいキーワードを並べて述べた。だが、平壌宣言の内容は、北朝鮮の陰謀により、「みせかけの平和構築」としか思えない。
 今回の宣言や合意書を分析すると、軍事的観点では、在韓米軍は存在することができるが、軍事行動ができなくなり、米韓軍事同盟が実際に機能しなくなる。また、北朝鮮軍の南侵を止めていた軍事境界線付近の障害物などが取り除かれ始める。その結果、韓国を守る軍事力が大きく削減されることになるだろう。
 非核化では、文大統領は、「南北が初めて非核化の方策で合意した」と述べた。だが、共同宣言を見る限り、完全かつ検証可能で後戻りのできない非核化の方策については、北朝鮮からいくつかの提案があるが、まやかしで済まされそうな提案であり、完全な非核化が進むかどうか、疑問が付きまとう。
 以下、軍事面と非核化の合意事項が、「韓国にとっていかに危険か」「完全な非核化の方策が見えない」ことについて解説する。

1.板門店宣言に続く平壌共同宣言は、韓国にとって危険なものだ
 4月の板門店宣言では、①南北自主統一を早める、②今年中に終戦を宣言し、休戦協定を平和協定に転換する、③朝鮮半島の非核化に向け努力する、という3つの合意があった。南北が自ら平和的統一を行い、戦争のない朝鮮半島にしようという内容だ。
 さらに、板門店宣言の軍事分野をよく見ると、「一切の敵対行為を全面中止する」「段階的に軍縮を行う」「非武装地帯を平和地帯にする」と書かれている。つまり、米韓の同盟関係を壊し、韓国から米軍を追い出し、南北境界付近にある障害物を取り除き、相互に軍事力を削減するなど、韓国に軍事的な空白を生じさせようとする隠れた意図が見える。韓国が南北合意事項を、勝手に進めると、北朝鮮による韓国侵攻が容易になる。
 昔風に表現すると、城を守るための外堀が埋められ、石垣が破壊され、堅い城門がこじ開けられるようなものだ。
 さらに、二つの宣言に書かれた軍事的内容を細かく見ると、将来、北朝鮮が韓国に軍事侵攻すれば、韓国は防衛できなくなる内容が加えられている。それぞれについて、解説する。

 ○ 板門店宣言では、陸上・海上・空中で、一切の敵対行為を全面中止することが決まり、平壌宣言で「陸海空をはじめとするすべての領域」と、「軍事的緊張と衝突を招く一切の敵対行為」に修正された。
 この合意により、北朝鮮は今後、「米韓軍事演習、米軍の爆撃機やステルス戦闘機が韓国飛行場に着陸すること、米海軍空母や潜水艦が韓国の港に立ち寄ることは、南北の軍事的緊張を招く行為であり、全面的に中止せよ」と主張するだろう。
 文大統領が北朝鮮の主張を認めると、米軍は韓国において、存在するだけで活動できなくなり、韓国における米軍の戦力が著しく減少する。米韓軍事同盟が存続していても、将来的には、在韓米軍を縮小・撤退する動きにつながる。
 この結果、韓国に米軍が存在しない軍事力の空白が生まれ、それによって南北の軍事バランスが崩れてしまう。北朝鮮が最も望んでいることだ。

○ 板門店宣言では、非武装地帯(DMZ)を実質的な平和地帯にすることが決まり、平壌宣言では、「11月1日から軍事境界線上空に飛行禁止区域を設定する」ことが加わった。
 板門店宣言によれば、韓国は、軍事境界線より南側の鉄条網、地雷、監視所を取り除かなければならない。今行われている実務者レベルの協議では、すでに、監視所の一部を削減することが決まった。これは、北朝鮮軍の南侵を止める障害物が消滅していくことを意味している。
 今回の追加事項では、軍事境界線付近の飛行禁止(参照「図 北朝鮮軍の動きと軍事境界線上空での情報収集イメージ」)により、米軍U2偵察機が軍事境界線付近の上空を24時間常時飛行していたが、今後できなくなる。U2偵察機の役割は、北朝鮮軍の情報を収集して、その情報を韓国国内の基地に送信することだ。これを止めれば、北朝鮮軍の情報が取れなくなる。また、軍事境界線の北側の北朝鮮軍の動きを監視するために、偵察ヘリなどが軍事境界線に近づいて、航空偵察により情報収集を行うこともできなくなる。
 北朝鮮地上軍が軍事境界線を超えて南侵する場合には、戦車や兵士が、塹壕から出て、南に移動し軍事境界線に近づく動きをする。本来、航空偵察によって、これらの情報を収集するのだが、今後、できなくなるのだ。つまり、北朝鮮地上軍の南侵の動きを、事前に察知することができなくなるということである。

図 北朝鮮軍の動きと軍事境界線上空での情報収集イメージ

参考:南北緊張状態において、北朝鮮は、航空劣性であることから、全ての北朝鮮空軍機は、自国内でも飛行できない。
よって、禁止空域の設定は、米韓軍に不利になる

○ 板門店宣言では、黄海の北方限界線(NLL)一帯を平和水域にすることが決まり、平壌宣言で、この水域に「平和水域と試験的な共同漁業区域」が設定され、「共同パトロール」が行われることになった。これで、北朝鮮海軍を阻止する海上の境界線が消滅する。北朝鮮の漁船とそれを守る軍艦が、海の境界線を自由に通過できる。その結果、北朝鮮海軍艦艇が韓国の海岸に接近しやすくなり、南侵奇襲攻撃が容易になる。

○ 休戦協定から平和協定を締結することになれば、北朝鮮は、「朝鮮半島に外国の軍隊が駐留する必要はない」と宣伝活動を活発に行う。韓国内でも、「韓国に米軍や国連軍が存在する必要がない」という世論が高まるだろう。
 板門店宣言で段階的な軍縮を行うことが決まった。平壌宣言で、文大統領が、「戦争のない朝鮮半島が始まった。朝鮮半島の全域で、戦争につながるあらゆる危険をなくすことで合意した」と述べた。この結果、今後、韓国内で「朝鮮半島には戦争がないのだから、韓国に米軍基地はいらない」という世論が高まることが目に見えている。今後、具体的な在韓米軍の撤退、米韓軍事同盟の破棄、米軍の核の傘の撤去、その後は、韓国軍の削減の要求が強まるだろう。

 細かい合意事項には、北朝鮮の南侵を止めるための韓国の障害物や戦力が失われていくことが、明確に記述されている。今後、韓国に軍事的空白が生じ、北朝鮮が韓国を攻めるとき、韓国はそれを阻止できない態勢になるようだ。これらの合意事項が、具体的に達成されていけば、韓国が北朝鮮に占領されるのは、時間の問題かもしれない。

2.完全な非核化の動きは見えない
 北朝鮮は、非核化について、「東倉里のエンジン実験場とミサイル発射台を、関係国の専門家の立ち合いの下で、まず永久に廃棄すること」、「米国が6月12日の米朝共同声明の精神に基づいて相応の措置をとれば、寧辺の核施設の永久廃棄といった追加的な措置を継続して取っていく用意がある」と表明した
 現在、エンジン実験場については、コンクリート土台の上の建物を解体しただけである。完全で不可逆的であるためには、コンクリートの土台を爆破して破壊すべきだ。ミサイル発射台を破壊する場合には、鉄骨の部分を解体するのではなく、コンクリートの土台から破壊しなければ、永久に廃棄したことにはならない。寧辺のウランおよびプルトニウムの核施設については、IAEAや米国専門家の立ち合いの下に、専門的な廃棄をすることが求められる。
 2008年に、北朝鮮は核施設の冷却塔だけを爆破して、廃棄しているように見せかけていた。そして、米朝関係が悪化すればすぐに冷却塔を再建して稼働させた。IAEAの専門家が北朝鮮の怪しげな施設を「見せろ」、北朝鮮が「見せない」といったやり取りを行って、時間だけが経過してしまった。同じことを、再び繰り返してはならない。

 北朝鮮の非核化が、完全かつ検証可能で不可逆的な非核化に値する処置とは、①「弾道ミサイルの製造工場と実戦配備基地」、②「核物質の保管とウラン濃縮施設」、③「核爆弾製造施設と保管施設」へ、IAEAの専門家の立ち入りを認め、そして、これらの検証を受けつつ爆破して破壊することだ。さらに、5MWの黒鉛原子炉を停止し、廃炉にしなければならない。北朝鮮が廃棄のスケジュールを決めて、これらの一つ一つを確実に実行しなければ、非核化を行う本気度はないと判断される。北朝鮮には、今のところ、これらの廃棄の動きは全くない。それどころか、それぞれの核物質やミサイルの製造を継続しているのが現状だ。
 
おわりに
 孫子の兵法には、戦争の本質(戦争に勝つため)は、「敵を欺くことにある」「謀略によって攻めること、すなわち戦わずして勝つこと」「謀略によって敵の同盟関係を破ること」「敵を無傷のままで獲得することだ」と記されている。今の北朝鮮の会談や交渉を見ると、孫子の兵法謀攻編を使って、韓国を欺いて、韓国を乗っ取る企みを実践しているとみえる。大胆な仮説ではあるが、もしかすると金正恩と文在寅の二人が、韓国国民を欺いているのかもしれない。
 今後、北朝鮮に大量の核ミサイルを保有させてはならない。平壌で合意された「朝鮮半島の確固とした平和と共同繁栄の努力」が、北朝鮮が主導して南北を統一することによって達成される「平和と繁栄」になってはならない。なぜなら、独裁で、閉鎖的なならず者国家が拡大するからだ。