欧州におけるチャイナ・マネーの威力と芽生える対中警戒感

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顧問・元ベトナム・ベルギー国駐箚特命全権大使 坂場三男

 習近平時代になってチャイナ・マネーがいよいよ赤く染まり出している。札束の力で国際世論を親中国に変えようと言う「シャープパワー」の威力が世界を席巻しつつある。特に、世界の有力メディアや大学、研究機関・NGOなどがその標的だが、政界・経済界にも強い浸透力を持つ。中国人にとって、「カネの前にひれ伏さない人はいない」というのが歴史から学んだ人間観かも知れない。
 今、米中貿易戦争が苛烈を極め、安全保障上の対中警戒心も深まりつつある。鄧小平が対外指針とした「韜光養晦(とうこうようかい)」という隠忍自重の衣を脱ぎ捨て、世界制覇の野望までちらつかせ出した中国は、軍事力の強化によって近隣諸国を威圧し、拡大する経済力で多くの発展途上国を組み敷こうとしている。「一帯一路構想」やアジアインフラ投資銀行(AIIB)などはそのための標語であり道具立てに過ぎない。
 ヨーロッパの国々では、地理的に遠いこともあって、中国に対する安全保障上の警戒心はもともと希薄であった。19世紀後半から20世紀初頭にかけて帝国主義的な狙いから中国を食いものにしてきた英国、フランス、ドイツなどには贖罪意識が潜在し、戦後の共産革命の「理想」に理解を示し、これに共感すら示した時期がある。マルコポーロを持ち出すまでもなく、中国に対する文化的な関心は歴史的に強い。これらの全てが相まって、ヨーロッパの中国観には「甘い」ところがある。
 しかし、ここ1~2年、ヨーロッパ諸国に中国への警戒心が急速に高まり始めているように見える。国力の増大によって地理的に遠いはずの中国が南欧や東欧諸国など経済的に脆弱な国々に影響力を急拡大し、安全保障面での警戒心を呼び起こしていることがその一因である。今や、中国の大手国営企業が鉄道や高速道路、港湾などのインフラ整備事業に参画し、権益を確保する動きがみられる。2016年における中国の対EU投資は360億ユーロを超えて過去最高額(対前年比80%増)になっている。翌17年には300億ユーロに減少しているが、なお巨額である。
 これらの中国企業の中にはヨーロッパ主要国の元首相・閣僚クラスを役員や顧問に採用し、高額の謝礼を払うことで、自己のビジネス展開への後押しを得ている事例も少なくない。その上で各種の不動産投資を行い、特定の政治家、政治勢力に恩恵を施す手法をとる。こうした恩恵を受けた者が中国に好意的な外交姿勢をとるだろうことを期待してのことである。
 特に、チェコの行き過ぎた親中姿勢はEU内で問題になっている。中国人民解放軍のバックアップを受ける新興エネルギー企業CEFC(華信能源)は、2015年以降、チェコの金融グループJ&T、チェコ航空、メディア複合企業エムプレサなどの株式取得に続き、有力サッカー・チームまで買収した。元国防大臣や元EU委員など有力政治家も次々と同社の役員・コンサルタントに就任している。チェコの大統領はCEFCの社長を顧問に取り立て、「チェコは欧州における中国投資拡大の不沈空母になる」とまで豪語しているという。何ともあきれた状況である。
 今や、中国の人権状況や南シナ海の問題などをめぐってEU内で批判的な声が出ればチェコがことごとく反対し、声明の発出はおろか統一見解の表明すら出来ない。ハンガリーやギリシャもチェコに追随して、中国寄りの姿勢を鮮明にしている。赤い「チャイナ・マネー」が経済困難にあえぐ東欧・南欧の国々を席巻している構図だが、こうした流れに英国やフランスなどの欧州大国は反発を強めている。EU委員会のトップからも懸念の声が挙がっている。かつて中国寄りの姿勢を見せていたドイツ(メルケル政権)も外資規制強化に動くなど中国への警戒心を持ち始めているようだ。
 中国による「シャープパワー」拡大への国際的批判に対して、中国の当局者は「欧米諸国も影響力拡大のために同じことをやっており、なぜ中国だけが非難されるのか」と反論している。勿論、中国が自由で民主的な国ならばその反論にも理由がないとは言えない。しかし、習近平体制下で人権を抑圧し独裁色を強めていることが、強圧的な外交・安保戦略と相まって、欧米諸国の対中警戒心を強めていることを知るべきである。