澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -335-
2018年習近平政権の「外患」と「内憂」

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政策提言委員・アジア太平洋交流学会会長 澁谷 司

 今年(2018年)、習近平政権は「外患」と「内憂」に見舞われた年だった。周知のように、「外患」とは、「米中貿易戦争」である。他方、「内憂」とは、「アフリカ豚コレラ」である。
 11月17日、習近平国家主席はパプアニューギニアの首都ポートモレスビーで開かれたアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議で基調講演を行った。
 同日付『人民網日本語版』によれば、習主席は「米中貿易戦争」を念頭に「歴史は我々に、冷戦や戦争あるいは貿易戦争のいずれにしろ、対立の道に足を踏み入れた場合、そこには真の意味での勝者などいないことを示している」として、名指しこそしていないが、暗に米国を非難した。
 また、習主席が「11月1日より新たな減税措置が実施され、中国の関税は全体レベルで7.5%まで減税した」と言及している。だったら、北京政府は、もっと早い時期、例えば、半年前の5月頃に、減税措置を採るべきではなかったか。
 中国共産党は、今まで米国と報復関税をかけ合い、自らの首を絞める結果になったのである。
 更に、習主席は「『一帯一路(the Belt and Road)』の共同建設は開放された協力の場であり、その基本原則は、共に話し合い、共に建設し、共に分かち合うとなっている。(「一帯一路」は―引用者―)地政学的な政治的目的を持たず、誰かをターゲットにしたり、誰かを排除するものでもなく、中国が世界とチャンスを共に分かち合い、発展の王道を目指すものだ」と主張した。
 けれども、いくら習主席が中国は「地政学的な政治的目的を持たず」と強調しても、同国が地政学の教科書通りに動いている点は疑いようもない。
 仮に「中国が世界とチャンスを共に分かち合う」ならば、習近平政権はパキスタンやスリランカが借款を返せないからと言って、そのカタに、両国港湾(グワダル港とハンバントタ港)の経営権を獲得するというのはいかがなものか。
 この「自己を封じれば世界を失う」という習近平基調講演は、同政権の“言行不一致”を表しているので興味深い。
 一方、中国共産党は米国との「貿易戦争」の最中、国内では「アフリカ豚コレラ」に悩まされている。
 今年8月初めに遼寧省で発症した「アフリカ豚コレラ」が、依然、中国大陸で猛威を振い、終息していない。11月18日現在、習近平政権は、未だ「アフリカ豚コレラ」の脅威に晒されている。
 これまでに、四川省(養豚の産地)を含む中国19省市・自治区にウイルスが蔓延した(中国22省4直轄市5自治区中、6割を超える地域に感染が広がっている)。
 既報の如く、唐人神集団ホールディングス(以下、唐人神)は、安徽省青陽県で発症した「アフリカ豚コレラ」で死んだ豚から、自らの孫会社である江蘇溧陽比利美英偉栄養飼料有限公司(以下、溧陽)が製造した飼料より「アフリカ豚コレラ」の疑いのあるウイルスが検出されたと公表したのである。
 各地域の豚が溧陽の生産したウイルスの混入した飼料を食べる。だから、数百キロ、数千キロ離れた所でも「アフリカ豚コレラ」が次々と発症したと説明可能に思えた。
 ところが、2日後の13日、唐人神は、溧陽の工場が生産した飼料には、同ウイルスの混入はなかったと発表したのである。
 そこで、一旦「アフリカ豚コレラ」の“犯人探し”は振り出しに戻った。ならば“幽霊”がウイルスを運んで、中国各地に撒き散らしているとでも言うのか。
 そもそも、唐人神の説明は、本当なのだろうか。仮に、唐人神と中国共産党最高幹部との間に密接な関係があるとしよう(例えば、大株主等)。もし、会社が本当の事を言えば、倒産しかねない。そこで、その幹部が、真実を揉み消すため、唐人神に虚偽発言を強要した可能性も排除できないだろう。
 ところで、11月16日、中国農村農業部新聞弁公室は、吉林省白山市渾江区で「アフリカ豚コレラ」に感染した野豚が初めて死亡したと発表した。中国国内が、きわめて深刻な事態に陥っているのは明白だろう。
 しかし、何故か日本のメディアは、殆んどこれらを報じていない。確かに「アフリカ豚コレラ」が蔓延したところで人が死ぬわけではない(ウイルス感染した豚肉食べても、今のところ大丈夫である)。だから、“地味”なテーマとなるだろう。
 だが、北京政府は、依然として、ウイルス拡大をくい止める事ができない。今後、豚肉の値段が高騰し、消費者物価全体を押し上げるだろう。従って、このウイルスが中国の不景気と相まって、習近平政権を大きく揺さぶる公算が大きい。
 以上の理由から、メディアは“地味”な話題の「アフリカ豚コレラ」に、もっとスポットを当てる必要があるのではないだろうか。