澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -338-
台湾統一地方選挙直前の「金馬奨事件」

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政策提言委員・アジア太平洋交流学会会長 澁谷 司

 周知の如く、11月24日(土)、台湾では統一地方選挙が行われ、与党・民進党が大敗した。
 あまり知られていないが、ちょうど選挙1週間前の11月17日、傅楡監督の『(仮訳)私達の青春は台湾にあり』が第55回「金馬奨」(ゴールデン・ホース・アワード)で「最優秀ドキュメンタリー賞」を受賞した。
 この「金馬奨」とは、1962年、台湾行政院新聞局の肝煎りで創設された中華圏版「アカデミー賞」である。1990年からは「台北金馬映画祭実行委員会」の主催で、毎年、11月、台北の国父紀念館で開催され、中国語制作された優秀作品を表彰している。
 傅楡監督(両親はマレーシア華僑とインドネシア華僑)は、2014年春、台湾で起きた「ひまわり学生運動」をドキュメンタリータッチで描き、栄冠に輝いた。
 その受賞演説で、同監督は「私は、私たちの国が真に独立した個体として扱われることを願っています。それが、台湾人として、私の一番の希望です」と発言し、波紋を拡げた。
 傅楡発言を受けて、中国大陸出身の俳優、涂們(トゥー・メン)は「プレゼンターとして“中国台湾”に再び訪れることができたことを嬉しく思う。両岸は家族だ」と発言している。
 また、今回映画祭の審査委員長を務めた鞏俐(コン・リー)は、授与プレゼンターとしてステージに上がることを拒否した。授賞式後の夕食会には中国から来た監督や俳優らは皆欠席し、急遽、帰国している。
 翌18日、中国『環球時報』は、その社説で傅楡監督の発言を厳しく批判した。他方、同日、蔡英文総統はFacebookで、涂們の発言について「われわれはこれまで『中国台湾』という呼び方を受け入れたことはないし、受け入れられない。台湾は台湾だ」と書き込んでいる。
 統一地方選挙直前の微妙な時期だったので、2016年台湾総統選挙直前に起きたTWICEの「周子瑜(ツウィ)国旗事件」の再現かと思われた。
 当時、ツウィが寝転んで、韓国旗と中華民国旗(青天白日満地紅旗)を振っている写真がSNSに載った。それを見た中国大陸で活躍する台湾出身のタレント、黄安が、ツウィは「台湾独立派」だと決めつけたのである。そのため、ツウィは謝罪に追い込まれた。事務所(JYPエンターテインメント)の意向だったのだろう。
 ツウィは、黒い服を着て、髪を後ろにまとめ、鎮痛な面持ちで現れた。そして、「中国はただ一つ、両岸は一体です。私はずっと中国人であることを誇りに思っています。私は中国人として国外で活動している際、誤った言動で会社や両岸の皆様の感情をとても傷つけてしまいました。大変申し訳ございません」という声明文を読み上げたのである。
 改めて言うまでもなく、中華民国旗は、決して「台湾独立派」の象徴ではない。クレームをつけた黄安ですら、台湾にいた時、自ら中華民国旗を振っていたのだった。
 一部論者の中には、この「周子瑜国旗事件」と民進党の蔡英文候補の当選を結び付けた人もいた。だが、その前に、既に蔡候補の勝利は十分予想できたのである(2014年の統一地方選挙では、民進党が6直轄市で4勝と大勝したからである)。
 今回、「金馬奨」で中国人俳優達は、傅楡監督の発言に対し過敏に反応した。そこで、ひょっとすると、「周子瑜国旗事件」の時と同様、今度も民進党へ票が集まるかもしれないという憶測が流れたのである。
 しかし、台湾有権者は何の反応も示さなかった。あくまでも、民進党政府への“不信”や“反発”を投票行動で示した形で終わっている。
 2016年、史上初、民進党が政権を奪還し、同時に、立法院で多数派になった。いよいよ「台湾人(本省人)の時代」がやって来たと思われた。だが、台湾有権者は、若干、目先の物事に捉われるきらいがある。そのため、時には民進党へ、またある時には、国民党へ投票する。今回は、後者に投票する有権者が多かったのだった。
 さて、この選挙結果を受け、一部メディアは、「台湾有権者が『現状維持』を選択した」という“的外れ”な論調を展開している。
 実は、傅楡監督の言葉―「私は、私たちの国が真に独立した個体として扱われることを願っています」―こそ、大半の有権者の本音ではないか。しかし、それがすぐには叶わないので、彼らは“仕方なく”中途半端な「現状維持」を選択しているに過ぎない。
 その証拠には、過去のTVBSによる世論調査では、「2つの選択肢―『台湾独立』と『中台統一』―の場合、あなたはどちらを選びますか?」と問われ、70%前後の回答者が「台湾独立」を、約20%が「中台統一」を選択している。
 日本人はこの点を忘れてはならないだろう。