澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -363-
民進党の次期総統選挙予備選挙

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政策提言委員・アジア太平洋交流学会会長 澁谷 司

 台湾の与党・民進党は、2020年次期台湾総統選挙の候補者を選出するため、今年(2019年)予備選を行う。蔡英文総統と頼清徳前行政院長(首相)が予備選に届け出を提出し、2人の一騎打ちとなる。来月4月17日、世論調査で候補者が決まる。
 実は、台湾での総統選挙は、1996年の第1回総統直接選挙後、来年で7回目である(以前、国民大会が正副総統を選出していた)。
 民選後、かつて与党が総統2期目の際、党内で予備選を行った事はない。
 2004年の総統選挙時、民進党内では再選を目指す陳水扁総統に挑戦する党員はいなかった。他方、2012年の総統選挙の際、国民党内に再選を狙う馬英九総統にチャレンジしようとする党員もいなかったのである。
 従って、今回、民進党における党内予備選は極めて異例と言えよう。
 何故、同党はこのような事態に陥ったのか。
 それは、蔡英文総統に人気がないからである。もし、蔡総統に人気があり、再選が見通せたら、頼清徳も予備選に出なかったに違いない。頼清徳(59歳)の方が蔡総統(62歳)よりも若く、2024年の総統選まで待てるだろう。
 ただ、党内からは、来年の総統選挙は一致団結して戦うべきであり、頼清徳の予備選への届け出は“党の結束を乱す”と言う声も根強い。そして、頼に対し、予備選辞退を促す動きがある。
 だが、昨2018年11月、統一地方選挙で惨敗した与党・民進党が来年の総統選に勝つためには、「切札」の頼清徳以外、考えられないだろう。
 では、どうして蔡英文総統は不人気なのか。
 台湾有権者には、総統が仕事を一生懸命しているように見えないという(張茂森民視支局長)。有権者には、台湾が「普通の国家」になるのは悲願である。それを蔡英文に託したのではないか。
 有権者としては、蔡総統に、将来、(1)新憲法制定(2)国名変更(3)国連加盟—―という道筋をつけてもらいたかったのだろう。
 ところが、蔡総統はジェンダー問題(特に同性婚)にこだわっている。蔡政権は、先月(2月)、アジア初の同性婚を認める閣議決定し、5月には法制化する構えである。
 しかし、同性婚に関しては、台湾島内では賛否が真っ二つに分かれ、極めて微妙な問題である。
 とりわけ、民進党の支持母体である台湾基督長老教会(以下、長老会)は、キリスト教福音派なので、同性婚に反対している。
 既述の如く、昨年11月の統一地方選挙では、与党・民進党が大敗した。その原因の1つに、長老会系の有権者が蔡総統の推進する同性婚に反発し、投票場に足を運ばなかったからだという。
 かつて、蔡英文総統は、就任直後、国民党人脈で林全(外省人)を行政院長に指名した。ところが、林全の行政能力に大きな疑問が付いた。
 そこで、一昨年9月、蔡総統は、当時、台南市長だった頼清徳を中央に呼び寄せ、行政院長に据えた。だが、殆んど内閣改造が行われず、頼院長はその手腕を発揮できなかった。
 そして、昨年の選挙で、民進党完敗の責任を取り、頼は職を辞したのである。
 実際、人気のない蔡総統では、来年1月の総統選挙で、与党・民進党が勝つのは難しい。それは、既に各種世論調査で明らかになっている。
 頼清徳が民進党の総統候補者になれば、たとえ柯文哲台北市長が総統選挙に出馬したとしても、同党に勝利の目が出てくる。
 従って、来月の党内予備選では、圧倒的に頼前院長が有利ではないか。ほぼ頼清徳の勝利は間違いない。
 けれども、問題はここからだろう。来年の総統選まで何事も起こらなければよい。だが、蔡総統が頼総統候補を支援するのではなく、逆に、何らかの形で足を引っ張る恐れがある。
 例えば、頼清徳のスキャンダルを探し出す、或いは、スキャンダルをでっち上げる等の嫌がらせを行う可能性を排除できない。場合によっては、蔡総統が頼清徳を逮捕・拘束し、刑務所へ送る事も考えられよう。万が一、そうなれば、蔡総統自身が来年の総統選出馬が可能となる。
 まさかとは思うが、政治の世界は「一寸先は闇」である。何が起こるか分からない。これからも、台湾の政局から目が離せないだろう。